第15話 崩御

 今日もララは親子に部屋を譲り、玄関のドアをそっと静かに開けて屋敷の外に出た。

 ここに来てからずっと夜は寝場所を探して彷徨い、眠れていない。


 外に出たララは空を見上げた。今日も天気が良く、星がきれいだ。


 早く城に戻りたいが、一人では戻れそうもない。

 今はこうやって自由にさせてもらえているが、逃げようとしたら部屋に監禁されるかもしれない。

 それに、彼らがケールの人々を守りたいと思う気持ちは理解出来るし、なんとか力になりたいと思う部分もある。


 でも、ここにこうやって留まって居るだけでは、何も出来ないのに

 と、ララは心の中で思った。


 ミドルバとエイドリアンが警備から歩いて戻ってくるのが見えた。

 ふたりもララに気が付いたようだ。


「皇女、今夜も部屋をお譲りになったのですか?」

 傍まで来た、ミドルバが訊く。

「ええ、小さな子を抱えた母親がいるので、譲りました」

 ララが答える。


「中はもう眠るスペースが無いので、今夜は外で寝ようと思います……」

 ララのこの言葉に、ミドルバとエイドリアンが顔を見合わせる。


「私の事は気にせずに、どうぞ休んでください。あなた方は眠らないと、何かあった時に力が発揮できずに困ります。私は裏で寝ますから」

 ララはそう言い、いつもの場所に足を向けた。



 ララはいつもの丸太に座り、雄大な景色を眺めている。

 美しい景色を見て、ララは穏やかな気持ちになっていた。


 ガサっという音でララが振り返る。

 そこにはエイドリアンが立っていた。


「眠らないのですか?」

 ララが驚いて訊く。


「寝るさ、こっちにおいで」

 エイドリアンの言葉に、不思議そうな顔をして立ち上がってエイドリアンについて行くと、地面が平らな場所に大きな毛布が敷かれていた。

 そして大きめのクッション二つと、毛布がふたつ置かれている。


 エイドリアンは敷かれた毛布の上に座った。

 ララは驚いた顔をエイドリアンに向ける。


「座ってください、皇女。俺が護衛騎士として守ります」

 エイドリアンの言葉にララは首をかしげた。

「ケールは魔獣も多い、外で無防備に眠るのは危険です。さあ、どうぞ、ここに座って足をのばして休んでください」


 ちょっとまって、自分の横で寝ろってこと?

 ララの顔が赤くなった。


「俺が怖いですか?」

 エイドリアンが訊く。

「まさか!」

 ほとんど反射的にララはそう言いエイドリアンの横に座る。


「横になってください。私は起きていますので」

 そう言いながらエイドリアンはララに毛布を渡す。


 横になれと言われても……と、悩んでララは座ったまま毛布を掴む。


 二人はしばらくそうやって座っていたが、エイドリアンがララを見て口を開いた。


「皇女……貴方あなたをこんな風に誘拐した事は、すまなかったと思っている」

 エイドリアンは低い声でそう言った。


「この件で、俺個人を恨んでくれていい。でも、君にはケールの民を救ってほしいんだ。その為に俺の命が必要なら、俺はいつでも命を差し出す覚悟ははある」


「なんてことを言うの」


 ララは反射的に言っていた。

「自分の命を軽く扱わないで、どうして騎士の人達は皆そんな風なの? 命は大切なのよ、簡単に命を差し出すなんて言うものではないわ」


 でも、そこまで言ってからララは下を向き、ぎゅっと毛布を掴んだ。


「ごめんなさい……あなたの国を攻め滅ぼした国の皇女がこんな事を言っても説得力も何もないわね」


 ララがそう言うとエイドリアンはララの目を見つめる。

「あんたの責任だとは思っていない。あれからもう4年もたっているし、日々を一生懸命生きてきて、後ろは向かないようにしている。それに、月日と共に恨む感情も薄れている。ただ、今の現状を変えないといけないとは思っているけどな」


 ララはエイドリアンに見つめられ、自分もエイドリアンから目を離せなくなる。


「俺たちは、どうすれば犠牲者を出さずに現状を変えられるか考えて、この方法をとった。皇帝を変えるという方法だ」


 エイドリアンが柔らかい笑みをララに向けた。

 ララは思わず視線を外す。


「わ、わたしが、何も出来ない期待外れの皇帝だったらどうするの?」

「そうだなぁ、そうなったらまた何か方法を考えるけど、でも、みんなあんたを無条件に信じてるからな。さすがに大聖女ってすごいよな」


「お母さまと私は別の人間よ」

「分かっているさ」そう言いながら、エイドリアンはララの身体を持ち上げようと、腕をララの背中と足にもっていく。

「きゃ!」

 赤くなって小さな悲鳴をあげるララを無視し、エイドリアンはララの身体を抱き上げるようにして動かし、毛布の上に体を横たえさせた。


「何するのよ」

 真っ赤になって抗議するララを全く意に介さず、エイドリアンはララに毛布を掛けた。


「もう寝てくれ、なんなら子守歌を歌おうか?」

「こ、子供扱いしないで!」

 ララはそう言い、毛布を頭まであげ、真っ赤になった顔を隠した。



 ララはいつの間にかぐっすり眠ってしまっていた。

 明るくなり目が覚めると、自分が無意識にエイドリアンの方に引っ付くように寝ている事に気付き、ララは驚いて体を離そうと動いた。


 エイドリアンは「起きたか」と言うと体を起こし、腕を空に向かって伸ばして大きな欠伸をする。


 その様子を見て、ララはエイドリアンが眠っていない事に気付いた。

「ほ、本当に起きていたの?」

「そりゃあ、寝てたら守れないからな」

「ご、ごめんなさい」


 ララが恥ずかしそうにそう言うと、エイドリアンはいたずらっ子のように微笑んだ。

「いや……おかげで、可愛い寝顔をみせてもらったよ」


 ララの顔がゆでだこのように真っ赤に染まった。



 二人は屋敷の中に戻りミドルバ達と朝食をとる。

 皆の一日が始まり屋敷は活気ついて来るが、眠そうなエイドリアンは少し寝るといい、騎士の部屋に向かおうとした。

 丁度その時、馬が来た気配と同時に人が玄関に走ってくる音がした。


 ミドルバが玄関の方をみて、エイドリアンも足を止めて玄関の方に向きなおす。


 ばんっとドアが勢いよく開くと同時に、入って来た騎士が叫んだ。


「皇帝が、皇帝が死んだ! サルドバルドの皇帝が崩御した!」


 ララは目の前が真っ暗になった。

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