第3章 皇女、真実を知る

第1話  すれ違い

 皇帝の崩御の知らせはあまりにも突然で、ララはそれを聞いて気を失った。

 ララが倒れる寸前にエイドリアンがララを受け止めたので、ララはどこも怪我をすることは無かった。


 ララはすぐに意識を取り戻し、エイドリアン達はホッとする。

 しかし、ほっとしたのは束の間だった。


 ララは意識を取り戻すとすぐに無言で立ち上がると、皆が心配そうに見つめる中、急にダッと走り出し玄関の外に飛び出した。

 慌ててエイドリアン達が追いかける。


 ララは繋がれている馬の方に迷いなく走り寄り、また迷いなくその馬をはずして、馬に乗ろうとした。

 その瞬間に追いついたエイドリアンが何とかララを止め、ララはエイドリアンに抱えられるようにして屋敷に戻された。


「お父様に会いに行かせて!」

 ヒステリー状態でララは叫んだ。邪魔するエイドリアンの肩やら背中やら胸をボコボコ叩いている。


「心配しなくても、俺たちがちゃんと帝都に送る」

 エイドリアンはそう言い、トムに指示をだす。

「精霊石の準備を、馬で走れば2日で帝都に着くだろう」

 トムは頷いて走り去る。


「私はここの警備の為に残る。エイドリアンが指揮をとって、ララ皇女を帝都に戻すんだ。多すぎても目立つ、上級騎士4人つけよう。帝都では、ララ皇女の姿を市民に見せて、宮殿に送るんだ。万が一の事を考えてな」

 ミドルバが騎士たちに指示を出した。


 エイドリアンはララの腕を掴み、自分を叩こうとするララの手を止めながら下に降ろして立たせ、ミドルバを見る。


「もし敵が皇帝ではなかったなら、宮殿に戻るララ皇女は狙われるということだな。秘密裏にララ皇女を消して、俺たちが殺したことにすればいいからな。しかし……市民に皇女の帰還を見せておけば、そうはいかない」


「ああ、さすがに皇帝が亡くなってすぐ、元気な皇女を狙って、怪しまれるようなリスクは取らないだろう。帝都の近くで皇女にはドレスに着替えてもらえ、目立つようにな」

「はい、痛っ!」

 エイドリアンが声をあげた。両腕をつかまれているララがエイドリアンの膝を思いっきり蹴ったのだ。


「っつたく、帝都に連れて行くと言っているだろうが。精霊石なしで一人で行っても、1週間はかかるぞ! それにお前、馬に一人で乗れるのか?」


 エイドリアンが言うと、ララはぐっと、悔しそうな顔になる。

「そう言う事だ。準備が終わったら出発するから……」


 そう言いながら、エイドリアンはララの腕を放した。

「大人しく待ってい……」

 バシン!

「ろ……」

 ララがエイドリアンの頬を思いっきり叩き、それからぷいっと外に出て行った。


 その様子を皆が絶句して見ていたが、ミドルバがエイドリアンに気の毒そうに声をかけた。

「大丈夫か?」


 エイドリアンは、ミドルバにちょっとイラついたような表情を向けながら、頬をさすった。



 ~~*~~


 出発の時も、ひと悶着あった。


 ララがエイドリアンの馬ではなく、トムの馬に乗せろと言う。

 エイドリアンはイラっとしながらも、トムに目で乗せてやれと言い、トムは睨むエイドリアンに怯えながらララを自分の馬に乗せて一行は出発した。



 ~~*~~


「皇女、どうぞ」

 トムが夕食のスープを持っていき、ララに渡す。


 ララはずっと黙ったままで、誰とも話そうとしない。

「何が起きるか分からないし、食べれるときに食べるのが俺たち騎士の鉄則なんです。ララ皇女も食べてください」


 トムの言葉を聞き、ララは手を差し出して器を受け取り食べ始めた。

 トムが少しほっとした表情になる。


「殿下は、皇女の事をとても心配しているんです。殿下は最初この作戦には反対だったんでよ、何も知らない皇女を巻き込む必要もないだろうって。でも、獣人狩りが酷くなって、仲間の家族や恋人が次々と襲われて、決行を望む声を抑えられなかったんです。殿下は責任感の強い方だから……」


 黙って匙を口に運び、聞いていないという態度のララに向かい、トムは一方的にではあるが話を続けた。


「……どうか殿下の気持ちを汲んであげて欲しいです。殿下はとてもやさしい方で、本来は争いごとは好まない方なんです」

「……」

 ララは最後まで黙っていた。




 何もない林の中の道から田園地帯に入った。

 一行は田園地帯にはいってすぐに、馬を止め、馬から精霊石を外した。

 そして通常の速度で馬を走らせ、フリーの旅の騎士を装って街に入る。


 帝都には、金持ちに高額で雇われるのを目的にフリーの騎士が集まるので、彼らの事を特に気に留める者もいなかった。


 走り進んでいると、少しづつ集落の規模が大きくなってきて、更に進むと街についた。

 人も増えて来るので、エイドリアンたちはマントのフードをかぶる。


 帝都に隣接するこの郊外の街は、それなりに栄えていた。



 ~~*~~


 その頃、皇帝の密命を受けた4人は、ケール王国に来ていた。

 4人とは、護衛騎士のジュードと、セイラ、そしてララの侍女のアンナとメイドのリタだ。


 4人はそれぞれ馬に乗り、ミドルバ達の隠れ家に続く坂道を上っていた。


 ここまで来る途中、宿屋で皇帝崩御の知らせを聞き、4人はショックを受け泣き崩れたが、ひとしきり泣いた後は、なおさら皇帝の命令を遂行しなければと、涙を拭き、先を急いでいた。


「あともう少しです、アンナ嬢、リタ殿、大丈夫ですか?」

 ジュードが二人を振り返って聞く。


「私は平気です。旅には慣れていますから」

 アンナが答える。

「わ、私も大丈夫です」

 リタも汗をかきながらも大丈夫だと答えた。


「目的地まであと少しですから、頑張ってください」

 セイラが二人の後ろからそう言った。



~~*~~


「ミドルバ様! 帝都から客がきました!」

 騎士のひとりがミドルバに伝えた。


「帝都から? 一体だれだ?」

 ミドルバは警戒して屋敷から外に出た。

 そこにはジュードたちが立っていた。


「お久しぶりです、ミドルバ将軍」

 ジュードがミドルバを見て膝を折った。


「……ジュード、ジュード=モハンか」

 ジュードを見てミドルバが驚いた声をあげる。

「どうして君がここに?」


「皇女を……ララ皇女を保護しにきました。ミドルバ将軍、皇女はここにいますよね?」

 ジュードの言葉にミドルバは絶句した。


「ララ様! ララ様はどこですか?」

 リタが我慢できずに叫びながら屋敷の中に飛び込んだ。

 アンナ、セイラもそれに続く。


「皇女! ララ皇女様!」

 女3人が叫ぶ中、ジュードとミドルバも屋敷の中に入って来た。

「ミドルバ将軍、皇女を出してください」

 ジュードがそう言うとミドルバが首を振る。


「皇女はここにはもういない」


 ミドルバの言葉を聞き、4人は驚く。

「どういうことですか!?」

 ジュードが叫ぶ。


「陛下が崩御したとの話を聞いて、ララ皇女を宮殿に帰した。今頃は帝都近くまで進んでいるはずだ」

 状況が分からず怪訝そうにミドルバがそう言った。


 途端に4人の顔色が変わり、絶望したような表情になる。

「おお、なんということ!」

 リタが倒れるように座り込む。


「どうして! どうして戻したんですか!」

 ジュードがミドルバを責めるように言う。


「待て……ちょっと待て、何がなんだかわからん!」

 ミドルバもわけが分からないと、叫び声をあげる。

「どうしてお前たちはここに私がいると知っていた? その上、なぜここにララ皇女がいたと知っている? それに、皇女を帝都に戻したことを責めるとは一体、どういうことなんだ! 何がどうなっている!? 分かるように全部説明してくれ!」

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