第19話 勝ったのは私よ!

「うるさいぞ、お前達。終わったことをグチグチ後悔するなといつも言っているだろう? やりたいことはその時にやり切らないお前らが悪いんだよ」

 魔王がにやにやしながら言った。

 エイドリアンが魔王の存在を思い出し、魔王の方に視線をやる。


「ま、今回は諦めろ、今期の大聖女は2代続けて、あの時の大聖女とは比べ物にならないレベルだが……周りの連中が違っている」

 魔王はエイドリアン、ヘンリー、ロバート、そしてセイラ達を見回して言う。

「皆、アテラミカに愛されし者達ばかりだ。この状況ではお前たちが太刀打ちできる相手じゃないぞ」


「俺は何も言ってないよ親父、ジェームスがしつこいだけだ」

 魔王の横に立った青年が言う。


「あ、ああ」

 突然、返事をするようにそう言って魔王が枢機卿の顔を見た。

「そう、いまあなたが思った通りですよ、枢機卿」


 魔王の言葉にロバートがドキッとして青くなる。


「今日、ここに連れて来ている3人は、私が人間の女に産ませた実の息子達だ。他にもたくさんいる、私には32人の子供が居てね。25人は実の子供だ。残りは私の魔石で魔族の一員になった子供達だよ」

 魔王は3人の魔人達をいとおしそうに見て言う。


「これ、ゲームの度に説明しているんだけど、人間って命が短いからすぐ忘れるんだよな。それに都合のいいように解釈して大丈夫って思いたいらしいから笑ってしまう。魔族が自分達と同じように女から産まれて美しい姿をしているなんて信じたくないんだろ? だから魔人だとか魔王だとか名付けて、怖く醜い形相を持っていると思い込む。変な奴らだ」

 魔王はニコニコしながら説明を続ける。


「大体、魔石を飲んだら魔獣化するとかありえないでしょ? 人が突然変身なんてするわけないじゃん。魔力がちょっと高くなるのは、精霊石と同じで魔石のエネルギーが魔力に変換されているだけだし。あと、魔石にはさ、人間の脳内物質に影響するものが入っているんだよ、麻薬みたいな成分ね。取り入れると少しづつ脳内の状況を変えちゃうからさ、人間性を失って最後には多臓器不全で死ぬんだよね。君たちが浄化って言ってるのは癒しの力でその成分を身体から抜き取っているってわけさ」


「貴方の魔石は違うと聞きました」

 ロバートが少し緊張した面持ちで聞いてみる。


「ああ、そう。私のはね、毒素はなるべく抜いているからね。すこしハイにはなるみたいだけど。わたしの魔石は家族の証みたいなものだよ。それが体にあれば、いつでもどこにいるか把握できるし、念を送りやすい。それに遠くにいても石を介して私が助けてやれるしね。体に埋めてもいいんだけど、痛いだろうし、飲んだ方が手っ取り早いからさ。ちなみに、粉にして飲ませるのは、家族にしたい者じゃなく、単に魅了を効きやすくするためだよ。飲ませやすいしね」


「やはり魔石の粉を飲んだ者を、操っているということですか?」

 ロバートが聞くと魔王が笑う。

「私が操るためじゃないよ、マルタンの魅了を効きやすくするためだよ。私の魔石の要素は脳内のシナプスに影響して、飲んだ者の能力を高めてくれるんだけど、同時に魅了の力を受信しやすくするから、魅了を効きやすく出来る効果がある。まあ、効き目をよくする薬だね」


「つまり、全部マルタンは自分の意思でしでかしたって事かよ」

 そう言ったのはヘンリーだ。


「うん。そうだよ。私はきっかけを与えて見守っていただけさ」

 魔王がそう言った。


「つまり、貴方がいなければマルタンはこんな反乱は起こさなかったって事よね?」

 ララが言う。

 魔王がララを見た。


「貴方が、きっかけを作った、そういう事なんでしょう?」

 ララが魔王を睨みつけて言う。


「ふふ、ゲーム開始のきっかけを作ったのは確かに私だけどね。でも、多分……マルタンは私抜きでもいろいろやったと思うよ。ま、でも、途中でバレて処刑されてたかな」


「違う!」

 マルタンが叫ぶ。

「あんたは、私を皇帝にしてやると言った! だから私は!」

「私は、国盗りゲームをするかと言ったんだ」

「手を貸すといったじゃないか!」

「ああ、だから沢山手を貸しただろう? 魔石の粉を大量に準備してやったし、いろいろ方法を教えてやった」

「ど、どうして目の前に居るララをってくれない!」

「教えてやったろ? 目の前の邪魔なものは自分で排除しろと、それはお前達がやるというルールだ。ララを殺せなかった時点で、このゲームは君たちの負けなんだよ」

 魔王がそう言う。


「私達が勝ったと言うなら、すぐにその席を立ってくださる? そこは私の席よ。いつまでも座っているなんて図々しいわ!」

 ララが魔王を睨みながら言う。いつの間にか、ドラ、チョビ、ユニもララの前に来て魔王を睨んでいた。


 魔王が笑う。

「私にそんな事を言ったのはお前が初めてだ。この私に図々しいだとは……」


 そう言い、魔王は王座から立ち上がるとララの方に寄る。

 皆が緊張し警戒した。

「おっと、ホワイトドラゴンの浄化には当たりたくないな、これ以上近寄るのはやめておこう」

 魔王はそう言い、立ち止まる。


 ”賢明な判断だ”

 ホワイトドラゴンがそう言うと魔王はまた素敵な笑みを浮かべる。

「私はこの世界を消すつもりはないよ。遊び場がなくなったら面白くなくなるからね」


 魔王はララを見た。

「今回のゲームは、君の勝だ。おめでとう。私は帰るよ」


 魔王に二度と来るなと言いたい言葉をぐっとララは抑えた。

 気が変わらないうちにさっさと引き取ってもらいたかったからだ。


 ”ちゃんと魔獣達を引いてくれよ”

 ドラがいうと、魔王が微笑み、指を鳴らした。

「これで魔獣達は消えたと思うよ、じゃあ行こうか、おいでジェームス、マルタン」


「だめだ!」

 エイドリアンんとヘンリーが叫んだ。

「二人はおいていけ!」


「それは出来ないなぁ。ふたりはもう私の家族同然だし」

 魔王は困った顔をしてみせる。

 マルタンとジェームスはふんっという様子でララ達を一瞥し、魔王達の方に行く。


「ちょっと待ちなさい! 逃げる気!」

 ララが叫んだ。魔王がキョトンとなる。

「あなた達が勝手に仕掛けたゲームだけど、そのゲームに勝ったのは私よ? 戦利品ぐらい準備しなさいよ!」


「ふっ」

 魔王が突然噴き出して笑い出す。

「あははは、おまえ、ほんとに楽しいな。気に入ったよ。何がほしいんだ?」


 ララはごくりと唾を飲む。本当は怖いがここで怯むことは出来ない。

「決まっているでしょう? その二人を置いて行きなさいよ」

 ララがそう言うと魔王が少し困った顔になる。

「家族はおいていけないなぁ」


「人の家族は殺しておいて冗談はやめて!」

 ララがそう言うと魔王は少し考える。


 魔王はマルタンとジェームスを無表情で見た後、微笑んだ。

「いいよ」


 その言葉を聞き、マルタンが青ざめる。

「まて! どういうことだ!」


「大聖女の言う事は一理あるよね? 私も家族を差し出さなきゃフェアじゃないよね」

 魔王は微笑みながら冷たく言う。


「まて、ここに残されたら、私達は殺される!」

 マルタンが焦ったように言う。

「だろうね。ま、仕方ないよね」

「まて! おれはどうなるんだ!」

 今度はジェームスだ。

「おまえも処刑されるだろうが、ま、それも仕方ない」

「い、嫌だ! 嫌だ! 連れて行けよ!」

 ジェームスは必死に言う。


「お前は面白い奴だったし、残念だけど……諦めろ兄弟」

 魔王の息子の一人がジェームスを見て言った。

「行こう親父。俺、もう疲れたわ」

 また別の息子が魔王に声をかける。

「そうだな」

 魔王は息子たちの方を見てそう言い、それからララ達の方をみた。


「じゃあな、面白かったよ」

「待って! 待って!」

「おいっ! 待ってくれ!」


 懇願して叫ぶマルタンとジェームスの声など聞こえないような顔で魔王は指を鳴らす。


 その瞬間、魔王と魔人達は消えた。



「は……」

 ララは、急に力が抜けたようで、その場に膝をついた。

 それはみんな同じようで、皆がその場にほっと座り込む。


 その様子をマルタン親子が青い顔で見ている。

 ララは膝と手を床につけたまま、顔を上げて黙ってマルタン親子をみた。


「……いや、わたしは、あいつらに操られていたんだ」

 ジェームスはマルタンの陰に隠れるようにして言う。

 流石にマルタンの方は覚悟を決めたのかため息をついて目を伏せた。


 皆、ゆっくりと立ち上がった。

 エイドリアンはさっと立ち上がりララが立ち上がるのをサポートする。


 皆の気が抜けている隙にジェームスが逃げようと走り出した。

 チョビがばっとそれを追いかける。

 その後を追ってジュード、セイラも走った。


 ”ぐるるるる”

 チョビはあっという間にジェームスの前にまわり、今まで聞いたことがないような声で威嚇する。


「ひっい」

 逃げ腰のジェームスにチョビがうなり声をあげながらジェームスに飛び掛かった。


「うぁぁ!」

 ジェームスは叫び声を上げた後、その場に倒れ白目をむいて失神した。

 チョビは唸りながら失神したジェームスの頭にかみついて放さない。

 それを見たララが慌てて叫んだ。


「やめなさい、チョビ! ばっちいの、めっ! 病気になるでしょ!」

 ララがそう言うと、チョビはようやくジェームスを放した。

 ふうと、ララが安心したような顔になる。


 ヘンリーは皆から遅れて立ち上がると、ララを見た。

「座れよ、あの椅子に」

 ララがヘンリーを見ると、ヘンリーは視線で王座を指す。


「陛下、どうぞお座りください」

 続いてエバンスがうやうやしく頭を避けて言う。

 皆もエバンスにならって頭を下げた。


 ララはエイドリアンにエスコートされながら椅子に寄る。


 座る前に、皆の顔を見回すララ。

 いつの間にか、後ろの方には戦闘を終えた者達が何人も集まって来ていて、入りきれない者達も、あちこちから顔をのぞかせている。


 ララは大きく深呼吸した。

 そして――――

 ララは王座に座った。


「おめでとうございます。ララ=ハイムズ新皇帝」


 エバンスがそう言ったのを合図に大きな歓声がおき、みなが戦争の終結を知った。

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