エピローグ
第1話 マルタン公爵の告白
「あなたの罪はとても重い」
拘束され膝まづかされているマルタン公爵を王座から見下ろし、落ち着いた声でララは言った。
周りにはララと共に戦ってきた者たちが立っていて様子を見ている。
すぐにでも処刑をという大臣たちの声を抑え、ララはマルタンの話を直接聞くことにしたのだ。ジェームスの方は怯えてまともな状況になく話を聞けそうにはない状況だった。
「あなたはいつからこんな大それた計画を立てのですか? ……あなたが、実の母親を殺したと言うのは本当の事ですか? そんな昔からあなたは魔王と繋がっていたのですか?」
ララがそう言うと、マルタンは流石に驚いた顔をしてララを見た。
「あなたとジェームスが庭でワインを飲みながら話しているのを聞いたのです」
ああ……と、マルタンは少し自嘲するような笑みを見せた。
「そうか、あの時の話を……あの時は何を話していたのかもあまり覚えていないぐらい酔っていたからな」
「ええ、かなり不快な事を話しておられましたね。それで? どうなのですか?」
ララが冷ややかな目でマルタンを見て言うと、マルタンもララを見た。
「ああ、そうだ。私は母をこの手で殺した」
マルタンの声は落ち着いたものだった。ララ達も、もう衝撃を受ける事はなく、じっとマルタンを見つめる。
「何故ですか? すべてを話してください」
ララが聞くとマルタンはため息をついた。
「お前にはわからんさ、私の気持ちなど」
「ええ、わかりません。多分誰にもあなたの気持ちなど理解できないでしょうね。だから理解するために聞くつもりはありません。ただ、あなたの罪を明らかにしたいだけです」
ララがそう言うと、マルタンは無表情になり、そして話し始めた
~~*~~
幼い頃の私は自分が皇帝の息子だとは知らなかった。
だが、家庭は裕福で、自分は恵まれているとは思っていた。
5歳の誕生日、父が私の誕生会を開いてくれて、私は初めて本殿に呼ばれた。
そしてその時初めて、自分の父がこの国の皇帝で、自分がこの国の皇子だという事を知った。
その日、皇后と3歳の弟にも初めて会った。
そして時々父が連れて来るミラが姉だという事もこの時初めて知った。
まだその時は、皇族の意味もよく分かっていなかったし、誕生日を祝って貰ってプレゼントを沢山もらえた事を純粋に喜んでいた。
5歳になった私に父は教育係を付けてくれて、毎日、宮殿の図書館の個室で授業を受けるようになった。
それで、6歳になった頃には弟が第一皇子で自分が第二皇子だという事を理解し、母や自分の立場を漠然と理解するようになっていた。
この頃から、勉強が終わって、宮殿の端にある宮とも呼べない小さな離れに戻ると、華やかな本殿や、広く美しい庭でお茶会を開く皇后や姉達の姿を思い出し、いつも心がざわつくようになった。
私は優秀だったらしい。
6歳になってしばらく経った頃、将来の為に一流の専属家庭教師をつけて本格的に学ばせるべきだと、父や大臣達が言ってくれた。
また、皇子として本殿の横にある宮に移すとの話もあがった。
だが、母はそれらの話をろくに検討もせずその場で断っていた。
そして父もそれを簡単に了承したのだ。
”決して尊大な態度を取ってはいけません。人を敬い、相手が誰であっても尊重するのです”
”第一皇子の前に立ってはいけません。あちらの皇子をたてなさい”
”媚びを売って来る者が居ても、決して耳をかしてはいけません”
母は毎日こんなことを私に言い聞かせた。
段々私は、皇帝の寵姫でありながら何と卑屈な女なんだと思うようになって、7歳の頃には母の事を哀れで可哀そうな女と思うようになっていた。
それでも私は皇帝である父が母と私を愛していると信じていたので自分が不幸だとは思わなかった。
しかし、ウィリアムの5歳の誕生会でそれは間違いだと思った。
自分とウィリアムとの差を目の当たりにしたからだ。
パーティー会場は、迎賓館の大ホールで行われた。
美しく荘厳な造りの会場には精霊石を使った美しいシャンデリアがいくつもぶら下がっていて、華やかなダンスホールや豪華で見た目の美しい料理や飲み物を明るくキラキラと輝かせて見せていた。
また、庭やテラスまでも精霊石でライトアップされていた。
会場には国内外から多くの王侯貴族達がお祝いに来ていて、プレゼントの量も質も私の時とは比べ物にならない。
その時始めて、私は明確にウィリアムに嫉妬心を抱いた。
そして、あまりにも悔しかった私はそのパーティーの場で母の言いつけを破り、やってはいけない事をやってしまった。
母と会場の隅で立っていた私は、父と皇后とウィリアムの元に歩いて行き父と皇后に笑顔で挨拶した。そしてその後、私はウィリアムの右肩に左手を置き右手でウィリアムの頭を撫ぜた。
会場にいる全員が様々な思いの混じる視線を自分に向けているのが分かった。父も驚いた顔をしていたし、皇后は扇子を広げて表情を隠した。
そんな中で、私は微笑んで弟に祝いの言葉を送ったのだ。
「誕生日おめでとう、僕の愛する弟、ウィリアム」
私の言葉に会場がざわめき、母がよろめいて壁に手をついたのが目の端に映った。
この時、目の前の弟が私の事をとても嬉しそうな顔で見て、少し照れたように「ありがとう、兄上」と言った事をよく覚えている。
そしてその夜、こういう行動が命に係わる事になるのだと……身をもって知ることになる。
私は自分の小さな宮に歩いて戻る途中、暴漢に襲われたのだ。
”下賤な生まれの癖に、高貴な方の頭に手を置くとは、身の程知らずめ!”
”王妃様のお慈悲で息が出来ているのに恩をあだで返しやがって!”
男達はそんな事を言いながら、私を殴り私の手足を蹴った。
その時は死を覚悟したが、多分殺す気は無かったのだろうと今なら分かる。たかが7歳の子供だ、その気になれば簡単に殺せたはずだ。
幸い父が心配して後を追わせていた近衛隊がすぐ来て、骨を折られたりする前に救い出してくれて、後遺症を負う事も無く済んだ。
その後、父は私の事を心配し、私をいっそ皇后に預けるか有力貴族に預けてはどうかと提案してきた。
しかし、母はまたそれを断った。
私は母が許せなかった。
なぜこの女は王妃のように自分の息子を守ろうとしないのか!?
私はいろんな人に守られているウィリアムが益々妬ましくなった。
その後も母は、ウィリアムと一緒に勉強をさせたいと言う父の提案を断り、食事を一緒にと言ってくれる皇后の誘いも全て断った。
8歳になった私はそんな母が邪魔で、……殺意さえ感じるようになっていた。
ある日、母は”ドルトに祈りを捧げに行く”と言い、私をつれてサルドバルドを発った。
だが旅の途中で私は、母がドルト共和国で私を聖職者にして二度とサルドバルドには戻らないつもりだと分かった。
冗談じゃない、そう思った。
そして、そんな時、我々は魔獣に襲われたのだ。
私と母は馬車の中で怯えながら争う音だけを聞いていた。
そして、急に外の様子が変わり静かになったと思ったら、突然全く知らない男が馬車の扉を開けて入って来たのだ。
それが魔王だった――
魔王は笑いながら話しかけて来たかと思うと、母から私を引き離し、泣き叫ぶ母を汚し始めた。
私は魔王が母を
静かになった後、震えている私に魔王が声をかけて来た。私が顔をあげると魔王は青い顔をしてぼろぼろと涙を流している母の肩を抱きとても優しい手つきで撫ぜながら私に話しかけてきた。
お前のように負の感情をため込んでいる子供は初めて見たと、魔王は優しそうな笑みを見せて言った。
魔王は私の瞳を覗き込み、いろんな状況を言い当てた。
そして”国盗りゲームをするか?”と言った。
もし眷属になるなら、ゲームに勝ちやすくなるように手を貸してやろうと、そう言われた。
私はあまり悩まなかった。断ってもこの場で殺されるだけだと思ったからだ。だがそこでまた母が”だめです!”と叫んで邪魔をした。
私は、母の声で感情的になり、感情に任せて手を貸してくれるなら眷属になってもいいと言った。
魔王は嬉しそうに笑った。
そして、これを飲めば契約したことになると、私に小さな石を差し出し、飲み込めと言う。
母が泣いて止めようとしたが、魔王が母を抑えてたので、私はそれを飲んだ。
飲んでも特に何の反応もなく、何も変わらなかった。
魔王は優しく微笑みながら馬車の扉を開けた。
外には魔獣がうじゃうじゃいた。
魔王は母をドアの前に座らせた。そして私に言う。
”邪魔なものは排除していくのがこのゲームの進め方だ、やってみろ”
私は、母の肩に手を置いた。
その時の母のあの表情は、流石に今も忘れられない。
私は、軽く母の肩を押し、魔獣の群れの中に母を落とした。
~~*~~
「これが私にとっては、自分の人生の始まりだった」
少し顔に笑みを浮かべてマルタンが言った。
その場で話を聞いていた者達は皆、顔色を悪くしている。
「酷いことを……」
ロバートが呟く。
「ふっ、ロバート、いい事を教えてやろう、お前の祖父は老衰で死んだのではないぞ、ジェームスに女の事で苦言を言ってジェームスを困らせたから、殺されたのだ」
マルタンの言葉にロバートが顔を歪める。
「もういいです、アーサー=マルタン」
ララが落ち着いた声でマルタンの名を呼んだ。
「貴方は沢山の罪を犯しました。これからそのひとつひとつを取り調べ官に嘘をつかず話してください。それから……魔王や魔人、魔獣についても知っている事を詳細に話しなさい」
「わたしを殺さないのか?」
マルタンがララを見つめて言う。
「……今はまだ、私達はあなたから聞くべきことがあります。未来のために」
ララは冷たい声でそう言う。
「忘れないでくださいマルタン。あなたは実の息子の人生をも壊したという事を」
ララがそう言うと、マルタンは少し感情が揺れたような表情になる。
「……あなた達の体は浄化し魔王石を取り除きます。これで魅了の能力は失われるでしょう。それに、魔石の影響がなくなる事で、自分がやってきた事の重さに気付き、生き続けることも苦痛になるかもしれませんね」
フッとマルタンが微笑み、言った。
「私がやってきた事は私の意思でやったことだ。魔石を取り除いても私の本質は変わらない。いまさら改心など…… 期待しないでくれ、ララ」
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