第12話 ヘンリー失敗する?

 寒い……


 ララの身体は完全に冷え切っていた。唇は紫色になりぶるぶると震えている。

 騎士やクロード、そしてヘンリーは怪我防止の為に厚めの服を着ているので、ララ程体は冷えてこないが、それでも寒さを感じ始めていた。


 ジェームスが残していった見張りの2人は、かなり離れた場所で焚き火をし、その前に座っていた。ハッキリと見えないが、多分眠ってしまっているようだ。


 ヘンリーは、縛られている手首を精一杯動かし、手を開いて手のひらをララの方に向けるとボワっと炎を出しララに向けて炎を飛ばした。


 炎はララに向かって飛んで行き、ララのすぐ横に来た。

 一瞬、ほんのり温かい空気がララの頬に当たるが、炎はすぐに消えてしまった。

「くそっ」

 ヘンリーは、もう一度炎を飛ばしてみるがやはり結果は同じだった。

 燃やすものが何もない所で炎を維持するには、結構な精霊力が無いと難しく、聖獣並の能力が必要だと言われている。火を扱う精霊力が強いヘンリーにもこれぐらいが限界のようだった。


「ああ、もう、腹立つ! 俺のこんな能力、なんの役にも立たない!」

 悔しそうにヘンリーが言う。

「こんな大事な時にも全く役に立たない! それにもし敵に襲われたからってむやみに使ってみろ、辺り一面に火が燃え広がって、関係のない者達まで巻き込んじまう! だから、結局こんな力を持っていたって、かまどに火をつけるぐらいにしか使い道がない!」

 ヘンリーはイライラして叫ぶ。


「ありがとう、ヘンリー。わたしは大丈夫だから、力を温存しておいて…… きっと助けが来るから」

 ララはブルブル震えながら弱々しい声で微笑んで言う。


「分かるのか?」

 ヘンリーはララの方に視線を向けて聞く。


「ええ、分かるわ。だって今日は月がとっても綺麗だもの……」

 ララが小さな声で答えた。


「……月って、お前さっきから何を言ってる?」

 ヘンリーは、心配そうにララを見て言う。


「殿下、皇女様は低体温症になりかけているのかもしれません」

 騎士の1人が言う。ヘンリーは声を発した騎士の方を向く。

「意識が混乱しているのかも」


 騎士の言葉にララは震えながら目を閉じ言う。

「失礼ね…… 私は正気よ」


「ララ! 目を開けてろ! 寝るなよ!」

 ララが目を閉じたので慌ててヘンリーが叫んだ。

「皇女! 寝てはいけません!」

「皇女!」

 クロードや騎士たちもヘンリーに続いて口々に叫んだ。


 うるさいな……


 ララは、そう思いながら少し目を開ける。

 目を開けたララの視界に焚き火で温まる見張りの男2人の姿が見えた。

 焚き火の炎がゆらゆらと揺れている。


「ララ! 起きてるか!?」

 ヘンリーが叫んでいる。


 炎をぼんやりと虚ろな目で見つめていたララの表情が動いた。

 ララはゆっくりと目を閉じ、そして微笑む。


 ララのその嬉しそうに微笑む表情を見たヘンリー達は、本当に錯乱が始まったかもしれないと思い緊張した。


「……ほらね、今日は月が綺麗だもの」

 目を閉じたまま呟くララの声と同時に、焚き火の辺りで物音がして、全員がそっちを向く。


 全員の目に、エイドリアン達が見張りの男達の口を塞ぎ拘束している姿が映った。


「遅いぞ! お前ら!」

 ヘンリーが叫ぶ。

 素早く見張りの男達を拘束し終わると、エイドリアンは一目散にララの元に走り、シークもヘンリーの元に走った。

 そしてセイラとトムは、クロードと騎士たちの元に走る。


「絶対に来てくれると思ったわ……」

 ロープを切った後、エイドリアンに支えられながらララが言う。

「だって、今日は月が綺麗だから」

 ララがそう言うと、エイドリアンは空を見上げ美しく光輝く月を見た。

 そして、観光都市ビッサでララが言った言葉を思い出す。

  

 ―― 綺麗だと思って月を見ているとあなたが来る 

    私を城に助けに来てくれた時も、月の綺麗な夜だったわ ――


 エイドリアンはララを見つめて優しく微笑んだ。

「そうだな…… 今夜も月が綺麗だな」



 そんな二人の元に、騎士達を解放し終わったセイラが走って来た。

「ララ様!」


 エイドリアンはセイラにララを預けると、自分のマントを脱いだ。それからもう一度ララを自分の方に寄せてマントをかぶせ、ララを包み込む。

「あたたかい……」


 エイドリアンとセイラはララを抱き上げて焚火の傍に連れて行った。

 ヘンリーやクロードも焚火の傍に来て温まる。


「飲み物はないか?」

 ヘンリーはロープの後がついている手首をさすりながら言う。

「あ、はい」

 トムが腰の大きなバックから2本の竹の水筒をだしてヘンリーとクロードに渡す。二人はそれを飲んで、騎士達に回した。


「それで? 遅すぎた理由はなんだ? シーク」

 ヘンリーはシークを責めるように言う。


「申し訳ございません、実は途中で魔獣と遭遇してしまって」

 シークは申し訳なさそうな表情で言う。


「魔獣!? この場所で?」

「はい、そいつらをせん滅するのに手間取っていたんです」

「こんなところまで魔獣が侵入してきているとは……」

 ヘンリーは険しい顔つきでつぶやくように言う。


「最近では珍しい事ではありません、殿下。ここ数年は急に増えてきているのです」

 クロード伯爵家の騎士の一人がシークの話しに付け加えるように言った。

「我々の討伐出動回数も年々増えている状況でして」


「そうか…… クロード伯爵家の騎士達が被害が広がらないように頑張ってくれているんだな。感謝する」

 ヘンリーは辺境の地を守る騎士達をねぎらう言葉を言う。


「これが辺境に領土を与えられた者の役目ですから」

 ヘンリーの言葉を聞きクロードは嬉しそうに言った。


 それからクロードは身体と顔をヘンリーの傍に寄せ、小さめの声でヘンリーに聞く。

「ところで、ヘンリー殿下、あの者は誰ですか?」

「え?」


 ヘンリーはクロードが誰の事を言っているのかすぐには分からなかった。

「ヘンリー殿下の婚約者であるララ様に…… あのように近く」

 そう言いながらクロードが見ているのは、エイドリアンとララだ。


 ハッとして、ヘンリーはクロードを騙している事を思い出した。


「あ、あれは、だな…… ララの護衛騎士だ、だから問題はない」

 少し焦りながらヘンリーは言う。

「ああ、護衛騎士なのですね、……しかし、少し近過ぎる気もしますが」

 クロードは、ごまかすヘンリーの言葉に納得しながらも眉を上げる。

「い、良いんだよ、彼は」

「そうなのですか……?」


 釈然としない様子のクロードを無理やり納得させたヘンリーはさっさと話題を変えようと焦り、逃げるようにララ達の方に寄る。


「ララ、どうだ?」

 ヘンリーはが聞くとララが少し微笑んだ。

「大丈夫よ、疲れているけど体は温まって来たわ」

 ララの言葉にヘンリーはほっとしながら、ララに確認する。


「ララ、この後どうする? このまま逃げるか、あいつらを捕まえるか」

 ヘンリーに問われ、ララは悩んだ。

「捕まえたいのはやまやまだけど……」

 ララはそう言いながら皆の顔を見まわす。

「いえ、今回は逃げましょう。皆の疲れもピークだし、リスクの高い事は避けましょう」

「俺も同じ意見だ。よし、皆すぐにここを離れよう」

 ララの言葉を聞きヘンリーがそう言うと皆が頷き出発しようと動いた。


 その時――


 うぎゃあああおっ!


 魔獣が一匹飛び出してきて拘束していた黒ずくめの男に向かって行く。


 !!


 すぐに騎士のひとりが反応して黒ずくめの男を引っ張りどける。そしてトムとエイドリアン、シークが魔獣の前に移動して剣をかまえた。


 最初は一匹だと思った魔獣だったが、後ろにも何匹かの姿が見える。


 これはまずいと、ヘンリーは黒ずくめの男達の所に慌てて行った。

「拘束したまま死なれたら寝覚めが悪いからな!お前らも自分の身は自分で守れ!」

 ヘンリーはそう言い拘束を解いてやる。そして拘束を解かれた途端に、男たちは「うわあ」などと怯えた声を上げて丸太小屋の方に向かって走り出した。


「あ! おまえら!」

 ヘンリーが叫ぶ。


 セイラはララを守る体制を崩さず逃げる男達を眺め冷静な声で言う。

「……拘束を解くのはまずかったのではないですか? あれ、絶対ジェームスに知らせますよね」


「ちっ、仕方ないだろ! 今は気にしていられない」

 ヘンリーは黒ずくめの男達を見送りながらイラついたようにそう言う。


「……まったく今日はなんて日だよ!」

 ヘンリーはそう言いながら、魔獣を前に剣を手にした。

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