第12話 矛盾について
ララは怪我人が寝ている部屋に入った。
怪我をして寝かされているのは、先日の獣人狩りで負傷した人達だ。
ああ、どうして私は洗礼の儀式を受けなかったんだろう
ララは、怪我をしている人達を見ながら心の中で後悔する。
洗礼の儀式を受けてみないと分からないが、もし母である大聖女の力を少しでも受け継いでいたなら、みんなの傷を癒せたかもしれないのにと、強く後悔する。
そもそも、母である皇后ミラはララが13歳になったら洗礼の儀式を受けにドルト共和国へ行こうとララに話していた。
しかし皇后ミラは亡くなってしまった。
そのタイミングで、既に準備段階に入っていた儀式の予定がキャンセルされたのだ。
皇后ミラが亡くなった後は、すぐにケールと戦争になり、終戦後も戦後処理で宮廷はバタバタしていて、ララの儀式の事が話題に上がる事なく日々が過ぎていた。
そして、気が付くといつ間にかララの洗礼の儀式は18歳になってからという事が正式に決まっていた。
当時大臣たちは、18歳で洗礼するのが一般的なので急ぐ理由はないのですとララに言った。
ララの方も当時は「そうなんだ」としか思わなかったのを覚えている。
思えば、あの頃は色んな事があり過ぎる時期だった。
ララの祖父にあたる前皇帝が亡くなり、当時皇太子だったウィリアム=ハイムズが帝位についたその年は、お葬式に就任式と、サルドバルドの宮廷はとても忙しかった。
皇帝が変わるとスタッフも大臣も、何もかもが一旦見直される。
そして、私達の住む場所もかわった。
それまで両親と一緒に皇太子宮で住んでいたララは、新しく準備された皇太女宮を与えられ、そこで暮らすことになった。
調度品だけでなく、ドレスや身の回りの物のほとんどが新調され、選ぶだけでも大変だったし、パーティも沢山開かれ、目が回る様な忙しさだった。
そしてその頃から、野盗や海賊が急に増えてきたと、パーティ会場や、お茶会でも結構話題に上がっていたのをララも覚えていた。
しかし、当時まだ子供のララは、悪い人たちがいるのだという程度の話しか聞かされなかった。
サルドバルド帝国は皇帝の交代があった為、他国の王侯貴族や商人の行き来が通常の年より何倍も多かった分、被害も多かった。
サルドバルド帝国に祝いに来た外国の貴族が次々と襲われ、皇室御用達の大商人たちの商団も次々に襲われたのだ。
当然、サルドバルド帝国の新皇帝ウィリアムはこの事にとても腹を立てた。ウィリアムは盗賊を一掃すると宣言し対応に乗り出していたが、討伐は上手く進まなかった。
そして、その頃から盗賊の隠れ家はケール王国にあって、ケールの王族に匿われていると言う噂が流れ始めた。
何故そういう噂が出たかと言うと、ケールの王侯貴族や商人は盗賊の被害にあっていなかったからだ。
各国は、ケールの王族と盗賊達とを結びつけて考え始めていた。
そしてケールを攻めよという声はどんどん大きくなっていた。
でも、私の記憶にケール王国との戦争の記憶はないのはなぜかしら?
ララはケガ人の腫れた手に冷たい自分の手を置きながら昔を思い出す。
そうだわ、お母さまが亡くなったからだわ
お母さまが急に亡くなられ、私は途方に暮れていた
悲しくて毎日泣いて過ごしていたわ
あの時は、ドルト共和国からも枢機卿と聖女が何人かいらっしゃって、お父様と一緒に喪に服すため神殿に籠っていたのだったわね
そして喪が明けた時にはもう、ケールは滅んだ後だった。
ちょっとまって……何かがおかしいわ
ケール王国侵攻はわずか3週間で終わったと言う。
しかし、3週間とはいえ戦争は戦争だ。
サルバドルは戦時体制だったはずだが、ララにはケール王国と戦争をした記憶は全くない。
いくら喪に服す為に神殿に籠っていたからとはいえ、なにも分からないものだろうか?
父である、サルドバルド皇帝と共に居たのだ。
戦時中の緊張感を一度も感じないなんてその方が不自然ではないだろうか?
お父さまは毎日、ただただお母さまが亡くなったことを悲しみ、祈っていたわ。そして、祈りの合間に、叔父様や枢機卿様とお話をされていたけど、問題などなにも起きてないという感じだった。
喪が明けてからもしばらくの間、お父様は私を心配してずっと一緒だった。昼は執務室に連れて行ってもらって執務室のソファーで勉強をしていたし、夜は同じ部屋で眠ってくださった。
やはり、お父様ではない!
ララはガタンと音を立てて立ち上がる。
そして外に走り出た。
「ミドルバ!」
ララは騎士たちが集まっている部屋に飛び込んでミドルバの名を呼んだ。
「皇女、どうされました?」
「やっぱり、お父様じゃないわ! 戦争を始めたのも、ケールの王女を辱めようとしたのも、お父様であるわけがない!」
興奮してララは叫ぶ。
「どういうことですか、皇女?」
ミドルバは不思議そうに訊く。
「だって、お父様は私と一緒にお母さまの喪に服していたのよ? 戦争をするように指示を出しているのを私は見ていないし、喪が明けてからもしばらくはずっと私と過ごしてくださっていたのよ!」
「しかし」
ミドルバは申し訳なさそうにララを見る。
「命令は文書で受け取りました。会わずとも命令は出せますよ」
「ミドルバは一体誰からその文書を受け取ったの?」
「陛下の弟、マルタン公爵です」
「叔父様から?」
ララは少し考える。
「マルタン公爵は皇帝に忠実な方です。おかしな行動をするようなことは無いと思います」
ミドルバが断言するように言う。
「そうね」
当てが外れて、ララは少し気落ちした顔をするが、まだ顔を上げた。
「でも! 叔父様も誰かに騙されたのかもしれないわ!」
ララがそう言うと、ミドルバは考えるような顔になる。
「可能性は低いように思います、公爵は毎日陛下に面会しに神殿に行っていましたし」
ミドルバの言葉で、あ、とララは小さな声をだす。
「確かに……来ていたわ、そして毎日お父様と話していた」
でも、おかしいのよ!
と、ララは心の中で叫ぶ。
「大丈夫か?」
エイドリアンがララの様子をみて声をかけた。
「え? ええ」
エイドリアンを見てララは少し緊張する。
ララはまたエイドリアンを意識して、少し顔を赤くした。
その様子を見てミドルバがエイドリアンを睨んでいたが、ララは気付かない。
「と、とにかく、私が言いたいのは、何かがおかしいと言う事なんです」
ララは、緊張しながら話を進めた。
「戦争が起きたのも事実、でも、お母様が亡くなってお父様はお母様の喪に服していたから、お父様が他国を攻めるような事を考える余裕があったとも思えないのも事実」
ミドルバがララの言いたい事を理解して頷いた。そして言う。
「当時、ケール国以外の商団や、貴族が盗賊に襲われていたのは事実、でも、ケール国が盗賊を匿っていたと言う証拠が出て来なかったのも事実」
「そう、そうなのよ」
ララはミドルバが後に続いたので嬉しそうに言った。
「色々矛盾があるの、色々おかしいのよ」
「俺から言わせてもらうと……」
エイドリアンが口を開いた。
「もの凄く怪しい奴がいるのに、あんた達が全然怪しんでない事が一番おかしく思えるけどな」
ミドルバとララがエイドリアンを見た。
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