第5話

「と、いうわけでだなー。一時的に休学していた星宮がこのクラスに戻ってきた。まあ上手くやってくれ。拍手―」


 ――パチ、パチ


 弱弱しく手を叩く音だけがクラスにポツンと響いた。

 叩いているのは主にあの五人組以外の生徒たち。

 大きい音を出せないのは彼女のことを歓迎しているのだと彼らに思われたら、自分がその腹いせに狙われるかもしれないからだろう。

 陽キャ五人組にとって、彼女の帰還は苦虫を噛み潰したように、腹立たしいものだろう。

 折角、今まで誰の邪魔も無く私のことをいじめていたのに、まさか昔に対立した本人がまた目の前に姿を現すなんて「最悪」の二文字以外に他ならない。

 そんなクラスの様子にも興味がないのか、先生はなんら表情を変えることなく、冴えない目をしてあっけらかんと言う。


「まだ話はある。今ここに星宮の親御さんも来てるんだ。なんせみんなに言いたいことがあるそうだ。だからその話も聞いてやってくれ」


「えー⁉ 結局あの馬鹿ども呼んだの⁉ 僕、散々呼ぶなって言ったのにー」


 誰に対しても自分の姿勢を崩さない。

 それが昔からの彼女の特徴でもあった。


「仕方ないだろ。俺だって面倒くさくてそんなん嫌だったけどうるさいんだよ。来させろ来させろって。何度も催促してくる」


「うるさいってのだけは経験上同意してあげるけどさあー」


 じゃあもういいよ、と言わんばかりに星宮さんがそっぽを向くのを横目に「……じゃあどうぞ、お入りくださーい」と先生が廊下へと声を向ける。


 ――ガラガラガラ


 入ってきたのは真っ黒なスーツを丁寧に着こなし、カッチカチに髪の毛をワックスでまとめた男性と、淡い灰色のスカートに見事なルックスの足を通し、耳にはいかにも高級そうな真珠のイヤリングを輝かせた女性であった。

 これが……星宮さんの両親。

 うちの親とは違う。

 これは……本物の成功者だ。


「初めまして皆さん。星宮海の父親の真人まひとと妻の真紀まきと申します。このような形で皆さんの貴重なお時間を奪ってしまい申し訳ありません。お詫び致します」


 父親の――真人さんの方がそう謝ったかと思うと、二人して深々と頭を下げる。

 セレブそうな二人がそんなことをしたせいか、クラスのみんなも「い、いいえ、こちらこそ」と厳かな雰囲気になり、バラバラに軽く頭を下げている。

 この二人の空気感、なんか嫌だな。


「さて、いきなりですが本題に入ります。率直に申し上げますと今日私たちここに来たのは皆さんへのお願いです。どうか……海と仲良くしてやってください」


 なんの話かと思えばそういうことか。

 休学明けの子供の心配とは、すごい良い親じゃん。


「というのも、皆さんには過去に酷い思いをさせてしまい、その罪償いとして海は五年間少年院にいました。従っていきなりこうして海が帰ってくるのに少しばかり恐怖を抱いている方もいらっしゃるかも知れません。ですが私たちの教育理念上、同世代の人たちとの十分な交流が将来の海のキャリアに大きく影響すると考えております。しかも海にはちょっとした災難がありまして……まあ、ですので、皆さんには何卒『仲良く』してやって欲しいのです」


 やっぱり……なんだろう、この違和感。

 言葉の上辺では海を想っているものの、全く本心が感じられないような。


 笑顔も取り繕うようなもので、実際、死んだ魚のような目をしていた。

 私はどうしようもなく腹が立ってきた。

 子供をなんだと思っているだ。

 こうなったらもう……意を決して!


「いきなり来たと思ったらなにその言い方……呆れる。まるで道具扱いするなよ!」


 そう言ったのは……私ではなく星宮さんだった。

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