第73話

「……そこからずっと俺は……っ、お前らに謝ろうと考えた……でも反町たちは許してくれなかった……次第に俺への不信感も高まって……っ、どうにかして……俺はお前たちにこの気持ちを正直に伝えないといけないと思った……っ」


「んで? それと今回の月のギターとなんの関係が?」


「……ギターを隠したのは沢野で間違いない……昨日の夜にあいつが実行した……」


「⁉ やっぱり……それでギターは何処に⁉」


「それは……分からない。俺には教えてくれなかった……信じてもらえて、ないんだろうな……だから俺は先生に助けを得ることにした……先生に今までの全てを明かそう。自分の罪も醜さも弱さも、全部……それで協力してもらおうって……それで今に至るんだ」


 最後に青柳は「本当に……すみませんでした……っ!」と泣きながら土下座までしてきた。私は急いで止めさせようとしたが海に無言で止められた。

 私は今のあれをどう扱えば良いのか。

 どうやって彼と向き合えば良いのか。

 そんなことをずっと考えながら、彼に話しかける。


「あのさ……青柳」


「……はい」


「これであなたを許すつもりは微塵もない……! 今まで私があなたたちから受けた傷はもう治らない。私の体に、心に深く刻まれてる……私は……一生あなたたちを許さないっ!」


 これが本音。

 死んでも一生恨んでやる。

 絶対に忘れたりなんかしいてやらない。


「……でもこうやって助けてもらったことには正直に感謝してる。あなたの助けが無かったら今頃私たち途方に暮れていたと思うから……それに心からの謝罪を聞けて少しは報われた気持ちになった」


「っ……」


 この気持ちは分からない。

 許せなんかしない。

 でも助けられて感謝している。


「だから……ありがとう、青柳。でもこんなことで今までの全部を許してなんかない。これからはその気持ちを忘れずに過ごしなさい。……他人に優しくしなさい」


「……はい……っ!」


 本当はここで彼を一発でも殴れば良かったのかも知れない。

 今までのお返しだって。

 もしそうしても誰も私を責めないだろう。

 殴ることでもっと私の気持ちは楽になったかもしれない。

 でも果たして本当にそうして良いのだろうか? 

 青柳は自分の気持ちをありのままにさらけ出した。

 もう彼に黒い気持ちは存在してない。

 なら私はどうするべきなのか。


 いじめってのは怖い。

 特に子供。不純な動機、理由でいつの間にか激しくなり、いじめる当の本人たちに罪悪感は一切生まれない。そしていつの間にかそれが日常となっていく……


 いじめられてる方にも問題がある。


 世間ではそう言う意見も多くあるだろう。

 でもそれは間違いだ。問題があるからといって殴られて良い訳じゃない。罵倒を浴びせられて良い訳じゃない。個人の自由が侵されてはいけない。


 本来人と人は対等なはずだ。

 カーストなんて無い。ここは日本だ。憲法でそれは守られている。そしてそれを国民は義務教育で学ぶはずだ。

 なら私もここで青柳を殴るのは間違いなんだろう。殴ってしまったらそれはあいつらと同じことをしてしまっている。


 今回の青柳みたく、この世は「正義か悪か」で二分割なんか出来やしない。当てはまらないことだってたくさんある。寧ろそっちの方が多い。おそらくそんな時、すぐにどちらかに決めつけてはいけないのだろう。なんでもその枠組みに当てはめようとするから感情に矛盾が出来てしまうんだ。


「……良いの? 本当にこれで?」


 海が心配そうな顔を向けてくる。

 私は一つ深呼吸をして、はっきりとした声色で言った。


「良いの。私、暴力嫌いなの」



 そこから私たちは先生に特別に許可を取って音楽室を借り、急いで曲の合わせをした。いくら慣れた曲でも弾く素材が違うのだから感覚に少しずれが生じる。

 クラスのライブには出れなかったけれど、この調子なら後夜祭にはぎりぎり出られるかもしれない。

 お互い探すのに走り回っていて体力は削れているけど、そこは気合でなんとかする。


「よしっ、しばらく休憩しようか。大分良くなってきたし。これなら人前でも弾ける」


 二時くらいから練習を始めて今は四時過ぎ。

 後夜祭は六時ちょうどから始まるのであとは体を休ませた方が良いだろう。


「はぁー……疲れたー」


 海が椅子から落ちそうな勢いで崩れ落ちる。

 彼女も相当疲れているはずだ。


「ありがとね海。海にはすごい苦労かけてるし……」


「良いの良いの! 僕は月と最高の思い出を作れたら良いんだからさっ」


 彼女の弾けた笑顔はこの音楽室に新しい色を添えてくれるみたいで、窓から入ってくる秋風に揺れるボブの髪がさらさらと揺れる。一本一本が太陽に反射して、まるで天子のような彼女の姿が私の瞼に焼き付いた。


「あっそうだ」


「どうしたの?」


「僕、ちょっと用事思いついた」


「なに?」


「月は気にしなくて良いんだ。えーと……僕と親の問題がちょっとね」


「……大丈夫、なの?」


「うん! 心配無用。後夜祭前までには絶対帰ってくるからさ。月はちゃんと休んでおいてよ? ただでさえ体力ないんだからねー」


「わっ、私だってそれなりにあるよー!」


 恥ずかしくなりながらも、意地悪な微笑を浮かべて教室を出て行く海の後ろ姿を見送った。

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