第⑥話
♭
僕はあいつらを許さない。
月は心が優しいから青柳のことをああしたけど、生憎、僕という人間はそうじゃない。
だって愛する人をあんなにもされてるんだ。
この黒い衝動を抑える方が難しい。やるなら今しかない。
悪いね、僕はこういう人間なんだ。
「沢野たちは?」
教室に戻った僕は中に彼らがいないことを確認して吉原に尋ねる。
「あの人たちなら三階の空き教室に行ったと思うよ。『弾くの疲れたー』とか言って休憩しに行ったきり帰って来てないし」
「おっけー。あっ、僕がここに来たことは内緒で頼むよー」
月には嘘を付いて申し訳ないけどこれは必要悪なんだ。
これは僕自身の問題なんだ。
教室を後にした僕は一直線に彼らがいるらしい三階へ。
そしていざ教室の前まで行くとあいつらの声が微かに聞こえてきた。
いる……確かにいる。目の前に悪が。
――ガラガラ
僕は思いっきりそのドアを開けた。
案の定中には沢野、橋本、反町の姿が。
「ん? 誰?」
そう言って不審そうに振り返ってくる沢野であったが、僕を見るなりすぐにその汚い顔に冷笑を浮かべる。
「なんだ星宮じゃーん。どしたの?」
「どうしたと思う?」
僕はゆっくりと彼女の元へ歩み寄る。
その間一瞬たりとも彼女の目を捉えて逃がさない。
「んー分かんなーい。もしかしてまだギターないの? 可哀そうにー」
「ほんと可哀そうだよねー」
橋本と顔を合わせて口角を釣り上げる沢野。
「言ったよな? あんまり調子に乗るなって」
彼女の胸倉を掴んでその手に力を籠める。
ワイシャツに見事なしわが出来てよれている。
「えーもしかして殴る気? 怖いんですけどー?」
この状況になっても彼女は一切その姿勢を崩そうとしない。
心底気持ち悪い奴だ。
「沢野……お前恐怖を感じたことないの?」
「なになに急に? 漫画の見過ぎじゃなーい? 私オタク嫌いなんだわー」
「なるほどね。じゃあ今から僕が君に教えてあげようか」
「えーなにそれきもーい。ひくわー。キモオタゴミ野郎がやれるもんならやってみ――」
――パチン
「……へっ?」
本当に僕がこうすると思っていなかったのか、突然の出来事に彼女は叩かれた頬を押さえながら目をパチパチと丸くしている。
――パチン
「え、えっ、ちょ……ちょっ、まっ――」
言い訳なんて聞きたくない。言い訳なんて許さない。
――パチン
「や、やっ、やめっ、ほ、ほんと――っ」
――パチン、パチン、パチン、パチン、パチン
体全体を必死に捻って抵抗する沢野だが……弱すぎる。
あまりにも弱すぎる。この弱さで人をあんなに傷つけていたのか?
橋本も反町も僕の行動に驚いて傍で唖然としている。
そして最後の一振り――パチン!
「っ……はぁーはぁー……」
彼女の頬が赤く膨れたところで僕は叩くのを止めた。
「……分かったか?」
「はぁー……なに、が……?」
「これが恐怖だ。こんな惨めな奴が人を傷付けるなんて許されないんだよぉーっ!」
「……ちっ……星宮ぁー‼」
「⁉」
僕が放った言葉が彼女の今までの冷静さを乱す。
傷心しきったかと思っていた沢野がいきなり僕に抱き着くようにとびかかって来たのだ。
「橋本ぉー!」
後ろを振り返ってそう叫ぶと、急いで橋本も僕の元に駆け寄ってきて――
「痛っ⁉」
背後から僕の髪を思いっきり引っ張ってくる。
「お前もあんまり調子に乗るんじゃないよっ!」
――パチン
今度は沢野が僕の痛がる一瞬の隙に頬に一撃。
「ほらっ橋本もぉー!」
「二対一で勝てるとっ、思うなっ、よっ!」
先ほどよりも更に激しく僕の髪を乱雑に引っ張ってくる。
その間、沢野は僕の両腕を力づくで抑え、僕はそれを押し返す。
「くっ……月にあんなことしてぇ! なにも心が痛まないのかよっ⁉」
痛みに耐えながら僕は叫ぶ。沢野たちも必死なんだろう。声をこれまでになく荒げる。
「うるさいっ! 私たちは……っ、私はクラスの中心じゃないといけなかったんだっ!」
「意味が分かんなないよぉっ! それが月をいじめて良い理由になるわけ――」
「黙れぇっ‼」
――パチン!
かなり動悸が激しくなり、ビンタの威力も増している。
「……私のことぉー! なんも知らないくせにそんな口きくなよぉーっ! うちの家はなぁ、父子家庭なんだよっ! 私がまだ幼いのに二人は離婚してぇ……っ。ずっと父さんの手で育てられてきたんだよっ! 裕福なお前に私のなにが分かるってんだよぉーっ⁉」
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