第26話
その後も順調に練習を重ねていき、一週間弱ほどが経過した。
海とは段々と息が合ってきて、指数関数的な成長を遂げているように思えた。
このままいけば念願の一位獲得も……
ただやはり、そうやって生き生きと練習しているのを良く思わない奴らもいる。
特に最近は――推測ではあるが――海の親に文句を言ったあの女子、沢野ともう一人の女子である
体育祭練習ということもあり、体育着を着る機会が多い中で、次なる標的になったのが私の制服や体操着、更には下着などの衣類だったのだ。
服に得体の知らない液体が染みている。
沢野や橋本が女子更衣室にいる時に限って、私の服が毎回行方不明になっている。
休み時間中には体操服が、練習から帰ってきたら制服が何処かへ隠されて、海と手分けして探している始末である。
もちろん海は無事に私の服が見つかると、その場にいる女子二人に問いただす。
「おい、橋本、沢野! またお前らだろ! いい加減にしろよっ⁉」
ピンと力強く指さすが、当の本人たちは悪びれた様子もなく余裕そうに口角を釣り上げる。
「で? なにか証拠でもあんの? まさか想像だけで言ってるわけじゃないでしょうね? 被害妄想も良いところだわ」
「証拠証拠って、お前たちが僕と月のことを嫌ってることなんて一目瞭然だろ!」
「そんな今までの因縁だけで私たちって決めつけないでよ~。過去のは全部青柳と反町の男子たちがやったことでしょ? 一緒にしないでよぉ~」
橋本は一切怯むことなく、煽り口調で海の顔をにやりと見つめる。
時よりその金色に染めたロングの髪を手でなびかせて、余裕の表情を覗かせる。
「そんなに私たちがやったって言いたいならまずは証拠を集めてごらんなさいよ、証拠を‼」
「ふんっ! だったらやってやるさ」
こんなやり取りがあったのが、先週の木曜日。
証拠を集め始めたあの日以来も、私たちは根気よく被害写真やら録音やらを続けていたのだが、やはりいくら集めても反町のものばかりであった。
しかもここ最近は目に見える変化が出始めていた。
海が青柳を殴ってからというもの、彼がなにか私たちにアクションを起こしてくることが無くなってきたのだ。
これは単なる海への恐れか、はたまた反撃の機会を伺っているのか……
そんなわけで、二人三脚の練習をすると同時に、証拠集めも並行している日々ではあるのだが、あっという間というべきなのか、残すとこ体育祭まで三日を切っていた。
体育祭前日は準備のために放課後練習は出来ない。つまり、練習は今日と明日の二回だけ。
「もうすぐ始まるね、月!」
「ね」
来たる本番に向けて廊下には各団のポスターが貼られ、教室では各組が旗作りのラストスパートに勤しんでおり、学校全体が熱気に包まれているのを肌で感じる。
そんな赤色の空気を深く吸い込んだ私たちは、今日も放課後練習へと向かっている。
「そういえばさ」
「どうしたの?」
「海は確か二人三脚以外にも個人種目出てなかったっけ?」
「ああー、うん。確かそうだったはず。種目は確か……借り人競争、だったけ?」
「私に聞かれても……っていうか大丈夫なの? 練習は? なんかしなくて良いの?」
「『なんか』ってなにさ」
「『なんか』っていうのは……なんかよ」
うぅ……自分から言い出しといてその『なんか』が出てこないのが少し恥ずかしくなった。
手をわちゃわちゃと動かして、表しようのないその『なんか』をどうにか手に収めようとするも空中分解して、そのままストンを両手を落とした。
「まあでも大丈夫! 借り人に練習なんか無いよ。ただ人を無料で借りて走らせるだけ」
「酷い言い方する……」
「あははっ! でもこれから僕たちが出ていくことになる社会ってそんなもんだよ。僕たちは社会を必要とするけど、社会は絶対的に僕たちを必要としない。僕たちの替えなんていくらでもいる。無料の捨て駒みたいなもんさ」
「なんか急に重い話になったけど?」
趣旨は違えど、今の海の言葉もあながち間違いでは無くて。
しかも妙に現実的でなんとか話を変える方向に持っていこうとする。
「社会になんて出たくないなー」
「僕が養ってあげようか?」
「養われません」
「え~! なんでよぉ~!」
「『なんでも』です」
海とこんな他愛ない話を、練習中を含めする度に、私の心の闇は少しずつ晴れていっているように感じる。
海も私に気を遣って楽しいような話題や反応をしてくれているのだろうか?
それが意識的なのか、無意識なのか分からないけれど、最近は海と話しているとなんだか足取りが軽くなったような気がした。
「ほらっ、ずっと寄っかかってないで。校庭に早く行くよ?」
「は~い」
今度は二人でスキップをした。
自然と「いっちにっ」のリズムで私たちは駆けていく。
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