第27話
「暑い~……ジメジメする~」
「梅雨だしねー。月のその髪型なら特に嫌な汗をかきそうだ」
「んー……今までずっとこの長さで体育祭過ごしてきたからなぁー。慣れてるんだけどねぇ」
「ふーん……じゃあさ、月。髪、私に切らせてよ!」
こんな会話がなされたのは体育祭前日。
予定通り、クラス内で飾りつけやら決起集会やらが行われ、その後解散となった。ちなみにこのクラスの指揮を執るのは吉原君。
「みんな! 最後の体育祭頑張ろう!」と先ほど円陣を組んだ時に鼓舞していた。今日までの二週間、吉原君は自分の時間を削ってクラスのために雑務を頑張ってくれたのだから、後で「ありがとう」の一言ぐらい言うのが義理かも知れない。
そんな迫る体育祭本番を前に、海と自転車を隔てて歩いて帰っている時のことだった。
「僕の部屋にカット用のセットがあるから! 家寄って切ろうよ!」
彼女の好奇心旺盛な眼差しを遮ることも出来ず、私たちは海の家へと向かった。
家に着くと「ちょっと待っててね!」と言われる。
私は誰もいない広い中庭にポツンとある白いテーブルに腰をかけた。
ちょっぴり湿った風は足元の天然芝を波のようになびかせ、私の頬をさらうように小突く。
頭上に大きく広がる白いパラソルも幾ばかりか回って、風と楽しく戯れている。
しばらくすると両手に色んな道具を抱えた海が走ってきた。
遠目でも分かる……結構ガチなセットじゃん!
椅子やらハサミやら櫛やらあとは……なにあれ髪留めかな?
もっと子供遊びみたいなのを想像してたけど、どうやら彼女は本気らしい。
「さあさあ、どうぞこちらへ」
思ったよりも手際よく多くの道具をセッティングした海は、美容室の店員かのような振舞で私に軽く頭を下げる。
「し、失礼します……」
変に改まった雰囲気になんだか可笑しくなってきて、二人でプッと笑いが零れる。
「普通にやろう」
「最初からそうしてよ」
私は案内されるがままに椅子に座り、縞模様のカットクロスを後ろからかけられて、いよいよ散髪が始まった。
「どれくらい短くしたいとかある?」
「うーん……特にない」
この五年間、ろくに美容室などに行ったことが無い私には自分の髪をどうこうしたい欲が無かった。
目立つものにすれば当然あいつらの目に留まる。
だから、髪はずっと自分でなんとなく地味目に切ってきた。
こんな風に人にやってもらうなんてなんか不思議だ。
「じゃあ僕の自由に切っていてみても良い⁉」
「う、うん。変なのにしなければ海に任せるけど……」
「やったー!」
さぞかし嬉しかったのか、鼻歌を口にしながら早速私の髪を切り始めた。
――チョキチョキ
静かな庭。
空を見上げれば雲一つない晴天。
目の前に広がるのは青々しい芝生と、遠方に見える綺麗に仕切られた田んぼの数々。
そして枯れ尾花のような案山子たち。
――チョキチョキ
風はちっとも吹いていない。
私の髪が切られる音。
髪が地面にふぁさっと落ちる音。
海の鼻歌。
私の息づかい。
もしくは二人の鼓動、脈拍。
それはまるでこの世界が二人だけのものになったような不思議な感覚に誘う。
大きく息を吸えば、海の髪の毛のシャンプーの良い匂いと、ノスタルジを呼び起こすような土の匂い。
――チョキチョキ
ほんと、なんか不思議だ。
「ねえ、海?」
「なに、月?」
「前から聞きたかったんだけどさ」
「うん」
「なんで海は自分のことを『僕』っていうの? 海は女の子でしょ?」
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