第63話
※
「校長先生! 見てください、この証拠の数々を! 水野はずっと苦しんでる。今も昔も。それをこの先も続けさせてはいけません! 彼女には彼女の人生を楽しむ義務と権利がある!」
私は星宮から預かった写真を校長の机に叩きつけていた。
「……いいですか校長? これは解決しなくちゃいけない問題です。二度とこのようなことが起こらないように……目の前で大切な生徒が弱っていく姿なんて誰が見たいんですか⁉」
しかし、こんなにも懸命に説明しているのに、校長の眉はほとんど動かなかった。
「……高野クン。その気持ちはわかるが、そうなってくると色々と大変になるんだよねぇ~」
「大変?」
「ああ。いじめの詳しい調査、再発防止のための対策委員会の設置、人員集め、いじめた生徒をどうするのかを教育委員会やPTA、警察とも協議する可能性も有る」
「だからなんだって言うんですか⁉ まさか面倒だなんて言わないですよね⁉」
「いいかい? いじめが表沙汰になればこの学校はどうなる? ただでさこんな田舎でいじめが発覚すれば当然評判が下がる。そうなればこの学校の運営が厳しくなる……つまり今いる生徒を苦しめることになるんだよ……」
白く蓄えられた髭をゆっくりと整えながら、校長を威厳ある低い声色で静かにそう告げた。
「そんなの勝手すぎます! そんなバレたくないの一心でいじめが肯定されるなんてあって良いはずがない! そうやって一人の生徒の声を排除するために、私は教員になったんじゃない! 私は……っ! 私は彼女を見殺しなんて出来やしない‼」
「もちろん君の気持ちも分かるが、第一こんないじめ、全国を見れば色んな学校である。みんな公表してないだけなんだ。発覚したとしても口を揃えて言うんだ。『いじめは無かった』って。その方がよっぽど認めるより良いんだ。そうしてほとぼりが冷めるまでジッとしている……社会とはそういうもんなんだ高野クン。一より十を選び、十より百を選ぶ……仕方ないんだ」
「……もう良いです。話を聞いてくださってありがとうございました。もう二度とこんな話は持ち込みません……校長には失望しました」
私は机に広げていた写真をかき集め足早に校長室を去った。
もう埒が明かない。
こんなことがあっていいはずがない。
有り得ない。悔しい。憎い。
職員室への帰り道、廊下で天井を見上げる。
そこにはある一人の人物の後ろ姿が浮かび上がっていた。
彼は私の高校時代の親友だった。
彼とは幼い頃からの幼馴染でいつも二人で遊んでいた。
そして中学生になった頃にはお互い音楽にドハマりしていて……頑張ってお小遣いをためて、二人でお揃いのギターを買った。
当時はそのことが無性に嬉しくて……寝る間も惜しむことなく、二人でひたすら練習して夜を明かしていた。
夢は二人でメジャーデビューすることだった。
だった、というのはそういうことだ
。つまり今はもう違う。連絡も取っていない。
何処にいるのか、なにをしているのかも分からない。生きているのか、死んでいるのかさえ、親友だったのに知らない。
……彼はいじめられていた。
ずっと、私の知らない所で彼は目に見えない傷を負っていた。
私は……最後までそれに気が付けなかった。
親友だったのに。
ある日、私の目の前で彼が殴られた。勿論私は大丈夫かと駆け寄った。
「……っ! 血が出てるじゃないか⁉ 早く保健室に行って先生に言わなきゃ――」
「何処に連れてくんだ高野ぉ~?」
倒れ込んだ彼の肩を支えて教室を後にしようとした私に、いじめの主犯の男子が鈍い声を背中に突き刺してきた。
「それ、俺の玩具なんだけどぉ?」
「玩具? ふざけるなよ? こんなことして良いと思ってんのか⁉」
「ん~? だってずっとこんなことしてるのになんも誰にも言われないしぃ~? ストレス発散になるし~? こいつ、殴ると毎回良い顔してくれんだよぉ~」
「っ⁉ おい、お前……ずっとって……」
「……もう遅いんだよ……」
「え……」
聞こえて来たのは悲しみにも怒りにも思える親友の心の叫びだった。
「もう、良いんだ……俺は大丈夫だから……大丈夫。大丈夫だから肩降ろしてくれ……なんもない、から……」
「大丈夫なわけないだろ⁉ 良いから早く先生に――」
「もう遅いって言ってるだろぉっ⁉」
動悸を激しくしながら、隣で血を流した親友は地面に向かって吠えていた。
「なんで……っ、なんで今更こんな心配してくれんだよ……もう、遅いんだよ……なんでもっと……もっと早く気が付いてくれなかったんだよ……俺たち……親友だったよな……? もう、遅いんだよぉ……」
「お前……」
初めて知った彼の真実。
見えない傷、苦しみ。
それは私への怒り、親友への憤り……初めて知った彼の横顔。
私は彼のことを知った気になっていただけなのか……?
「……お前なんか……親友じゃない」
そこで私は絶望という言葉の意味を知った。
親友だった彼が目の前で殴られ、声にもならないような呻き声を発する姿を見て、私はなにも出来なかった
。足が重い。一歩が踏み出せない。
彼に一度拒絶されたとしても、助けてあげるんじゃないのか?
本当に親友ならば!
「……」
数十分後、殴られ続けてようやく解放された彼を私は見下ろす。
彼はもう私の知っている彼では無かった。
私は赤の他人になったのだ。
そして――
「助けて……くれ、よ……。親友……だ、ろ……」
そこで私は憤怒という言葉の意味を知った。
なんて自分は愚かなのか。
目の前に救いの手があるのに何故私は突っ立っているのか。
私が……この世でいちばん人として……っ!
次の日、彼は学校に来なかった。
結局卒業式まで彼は私の目の前に現れなかった。
私は教師になることを決めた。
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