第62話

 放課後、海と一緒に教室から出て帰ろうとする私だったが、いつかの時みたく廊下で高野先生に声をかけられた。


「先に下駄箱行ってるよー」


「待て、星宮。お前にも関係ある話だ」


 気遣いで階段の方に歩き出していた海であったが、きりっとした高野先生の声で踵を返す。


「僕にもなにか話あるの?」


「そんな面倒くさい顔するな……まじめな話だからさ」


 まあまあと海をなだめる先生であった。

 いつもみたいなだるさを感じない。


「で、話ってなんですか?」


「……聞いたよ、全部」


「……聞いたってなにを?」


「水野の……いじめのこととか。今回のバンドのこととか。名前は言えないけどな、クラスの女子生徒がさっき職員室に来てさ。泣きながら話してくれたんだ」


「そう、なんですか……」


「それで? 先生はどうしてこの話を僕たちに?」


 海が黙り込んでしまった私の肩を優しくさすってくれる。


「正直、最初に水野と会った時から薄々気が付いてた。でも大人の俺が変に出しゃばったら余計水野の傷は癒えないなって……水野は俺に心を閉ざすだろうなって……だけど、あまりにもこれはひどい……人としてやって良いことの域を超えてるじゃないか」


 聞いたことも無いくらい先生の声色は高く熱くなっていて、言葉と共に体が前のめりになっていく。

 目を大きく見開いていて、なにかを我慢している表情でもあった。


「先生……」


「余計なお世話かもしれない。でも、それで俺が嫌われたって構わない。見知らぬふりをして身近な人が壊れていくのはもう嫌なんだ……だから……なにか出来ることってないのか?」


 私は先生を勘違いしていたのか。

 普段はあんな冷めていてだるそうで古臭そうで。他人に興味なんて一切無いと思っていた。

 でも実際はこんなにも内側に熱いものを持っていて……


「先生に出来ること、あるよ」


 先生の隠れた一面に胸を打たれた私の隣で、気が付けば海がバックをガサガサ漁っていた。


「ほんとか?」


「うん……はい、これ」


「これは……」


「ありとあらゆるいじめの証拠。僕たちずっと集めてたんだよね。その時が来るまでさ」


 海の手には今まで私たちが傷つきながらも必死の思いで集めてきたあいつらのいじめを働いた写真がたくさん。

 罵倒が書かれた机。

 破られたノート。

 破れた制服。

 殴られた跡。

 腐った食べ物が入ったバック。

 そして彼らが悪事をする瞬間の写真、などなど。


「これを先生に預ける。だから先生はこれを使って僕たちを――月をここから救ってよ。もううんざりなんだよ、こんなこと。今の先生の言葉と気持ちに嘘は無かった。そう思えた。同じ気持ちだって分かった。でも僕らはまだ子供だ。なんの力も無い、大人に屈するしかないんだ……だからっ、せめて先生だけでも月の見方でいてよ!」


 こんなにも、海が熱くなることなんて今まであっただろうか。


「……そうか……分かった。星宮たちの想いは確かに今受け取った。頑張ってみせる」


 そんな溢れる想いを丁寧に拾うように、先生は写真を持つ手に力を込めてじっと見つめる。


「それ、僕たちの努力の結晶だから。有効活用してよ。ねっ、月」


「……うん。先生……」


「なんだ、星宮」


「その……よろしくお願いします」


 私は深々と先生にお辞儀をした。

 海も隣で頭を下げているのが垂れた髪の隙間から見えた。


「ああ。任せてくれ」


 先生のきりっとした返事が、私の心を少し晴らした。

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