第61話
「星宮さん、寝ると今までの記憶無くなっちゃうってマジ?」
「……っ⁉」
その瞬間、変な汗が私の背中にかじりついた。
まるで悪魔かなにかに首を切られる寸前かのように、無意識に息を殺していた。
突然の情報にクラスのみんなも一気にざわつき始める。
「記憶が無くなるって?」
「え、なんかの病気?」
「なにそれ気になるー」
様々な憶測がクラス中を飛び交う混沌の中、第一声をあげたのは紛れもない本人だった。
「それ、何処で聞いた?」
彼女の表情はさらりと流れる髪に塞がれて私からは見えない。
「んー? まあ色々とねー。私、真紀さんと仲良いし~?」
「あいつが教えたの⁉」
「そ、そんな……っ」
思わず私の口からもそんな言葉が漏れて急いで口を両手で塞ぐ。
でも、だとしたらなんで?
今まで病気を隠してきたのになんでまた今更……しかもこんなに良い雰囲気な時に……
「そういうこと、ね……」
海は情報源を聞いてから、一人うんうんと何度か頷くと一つ大きな深呼吸をする。
「……そうだよ。みんな、黙っててごめんね。僕、ちょっと特殊な病気にかかっててさー。詳しいことは言えないんだけど……でも安心して欲しい。文化祭にはなんの問題もないから! いきなり驚かせちゃってごめんっ」
海は顔の目の前で両手を合わせて謝りながら下を向く。
「ほんとに大丈夫なのー? ギターのコードだって忘れちゃうんじゃ――」
「忘れないよ」
今度は橋本が発破をかけようとするが、海がそれを上から遮って強い口調でそう言った。
彼女の目は本気だった。白い瞳なのに赤い線が見えた気がした。
「絶対に成功させるから」
「ふーん。まあそう威勢を張るのも良いけどよぉ……もしこのクラスのライブを台無しにするようなことがあれば……分かるな?」
橋本の陰からニョロっと出て来た反町は指をポキポキと鳴らして頬を釣り上げる。
「青柳もそうだよなー?」
「……」
「青柳? おーい、お前だよお前」
「あ、ああー。勿論だ。覚悟しとけよ……」
何処か空虚を見つめていた青柳は反町に肩を揺らされてようやく意識をはっきりさせる。
最近の彼はこういうことが多い。
なにか彼らの中であったのかもしれない。
「そんなわけだから、うちらに迷惑かけないように」
橋本が最後にそう念押ししたところで丁度チャイムの音が教室に響いた。
この気まずい雰囲気は音と一緒に何処か見えない場所に消えていった。
けれど、もやもやとした気分はクラスメイトの心の中に残っている様子だった。
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