第2章 日常のエクスパンシオン

第20話

 新年度から嵐のような二日間を過ごした私であったが、その後の一か月くらいは少しばかり晴天が訪れて、以前のような静けさが戻りつつあった。

 あの日以来、私の荷物は一つ、また一つと毎日どこかに隠されていた。

 シャーペン、ノート、ファイル、次はお手拭きタオル、と。

 音楽で使うリコーダーも盗まれたままだった。

 その度に海があいつらに対してメンチを切るのだが


「はあぁ? 知らねーよそんなもん!」


 そう言い返されるのが最近の常であった。海が青柳をボコしたことによって陽キャたちのいじめは過激度が下がった。

 物を隠す、陰口を叩くなど、暴力に頼ることは無くなっている。

 まあそれでも私の傷は癒えないのだけれどね。


「本当に大丈夫? 水野さん」


 吉原君は相変わらず優しそうな顔をして私のことを心配してくれている。


「うん……大丈夫。海があの人たちの防波堤になってくれるし、ものが無くなっちゃっても海が買ってくれるの」


 最初は本当に申し訳無くて、自分のお金で補充していたが、流石に所持金が底を尽いてきたので、仕方なく星宮家の財力に頼っていた。

 最低だ、と言われても仕方が無い。

 あの日失くした財布も、結局海が後日一緒に選んで買ってくれた。

 なんでも、「初・買い物記念」だそうだ。



「でも昨日はリコーダーが無くなってたじゃないか⁉ あんまり酷いようだったら俺から先生に話すから! 水野さん、いつでも俺を頼って良いからね!」



 ある日、吉原君が珍しく熱い声を出して励ましてくれたことがあった。

 その時の彼の表情がいつになく頼もしくて、でも少しイメージがずれていて、可笑しくてふふと笑ってしまった。


「ありがとう、吉原君。いつも気にかけてくれてありがとね」


「俺はいつでも水野さんの味方だから!」


 海は度重なる私への嫌がらせに痺れを切らせ、いじめの「証拠集め」に取り掛かっていた。

 彼女曰く「こうやって地道にあいつらがやったっていう証拠を集めて、いずれ先生とか教育委員会、警察に見せて社会的に葬ってやる」らしいが、今のところ決定的なものを押さえるまでに至っていなかった。

 でも逆に言えば、そんな完璧な証拠の紙切れのような、断片的なような物なら短期間でも集まっていた。

 私へのいじめの状況を写真で逐一記録したり、陽キャたちの会話を録音したり、他言しないことを条件に、クラスの人たちに実際に陽キャたちが私の物を隠す瞬間のことを教えてもらったり。

 やれることをやっているのが現状だ。


 ただ一つ問題点があった。

 集められた嫌がらせの証拠の多くが男子たちによるもので、なかなか女子たちの尻尾を掴めないでいるのだ。

 そこはやはり女と言ったところか。陰湿度合いがひどい。

 陰口のようで陰口でない会話、隠したようで偶然を装う言動など。

 変に頭がキレているので厄介でしかない。


「あいつら、ぎりぎり証拠にならないラインを付いてくるな……クソっ!」


「なんか任せてるみたいでごめんね、海」


「なに言ってるのさ、月。これは月のためであると同時に私のためでもあるんだよ」


「そ、そうなんだ」


「うん。まあ地道にやるしかないねえ」


 そんな会話をいつの日か交わした記憶が残っている。


 一方で――私は新しい日常を送っていた。


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