第21話

 一方で――私は新しい日常を送っていた。


 朝はいつも通りクソ親と顔を合わせないといけなくて憂鬱だ。

 なんだって毎日「星宮さんと仲良くしてるわよねぇ⁉」と笑顔とは表裏一体の怖い顔をして怒鳴ってくるから。


「おはよう月! 今日も良い天気だね!」


 家を出ると、そこには毎朝海が迎えに来てくれていた。

 未だに私は自転車を買えていないので、海のに乗せてくれるのだ。

 海との自転車登校はちょっぴり楽しかった。トラックと速さを競ったり(当然毎回負ける)、手放し運転をしてバランスを失い、二人とも沿道の田んぼにダイブして服を汚し合った。

 雨の日には流石に歩いて行くのだが、いきなり海が私にどこで捕まえたのか分からない変な田んぼの生き物を投げてきた。

 私の悲鳴が雷みたいだったと、海が後からいじってきた。

 そして、毎日親の愚痴を言ってストレスを発散していた。


「今日もお母さんに二日酔いしながら言われたよ。『仲良くしてるか⁉』って」


「っはは! またか~。しつこいね~。しつこい女は嫌われるよ?」


 海は本当に何事にも正直なので、私はある日、ふと彼女に聞いてみた。


「ねえ、海?」


「なに、月?」


「海は……すごいよね。そうやって誰に対しても自分の意見が言えて。海の親にだって……始業式の日にあんな文句言ってたし、私の親にだって躊躇なく、さ」


「そう? そんなすごいことじゃないよ」


「すごいこと、だよ。私なんか、心では思っていても口には出せない。ずっと……不完全燃焼。結局、子供は親がいないと生きられないのかなって。親のお金がないと学校に行けない……でも海はそれを跳ね除けて、一人で生きてる……それはすごいことだよ」


「でも、やっぱ何事も言いたいことは言わなくちゃ伝わらないよ。それが親だとしてもさ」


「海は怖くないの? あの人たちのこと」


「僕が? まさかー! ちっともだね。だってそもそも親と子は対等なはずだろ? お互いがお互いを尊重して助け合っていく運命共同体さ。それなのにあいつらは僕を金儲けの道具とだけしか見てない。一方に傾いたままのシーソーさ。そんな奴らに尊重もクソないよ」


「海は大人だね……私には怖くて出来ないよ」


「出来るよ、月なら! 言ってみると意外と清々しいよ? こう、肩の荷が下りたっていうか。まずは行動してみないと。要は何事も一歩踏み出すのが、結局一番怖くて大変なんだ」


 そんなポジティブ思考な海に私はいつの間にか惹かれるようになった。

 今まで受動的に生きてきたエンパスな私にとって、その言葉は神の福音かの如く、私の脳内を循環していた。

 そんなこともありながら、学校へと行き、授業を受ける。

 6時間目のチャイムが終わると、私と海はすぐに学校を出て遊びに行く。


 ――ある日はちょっと大きめのデパートに行って、洋服の買い物をした。


 ファッションに詳しいらしい海に言われるがまま色々な服を着せられて、着せ替え人形みたいになった。

 しかも全部スタイリッシュでボーイッシュな服で、恥ずかしくて顔が熱かった。


「どうしたの月? そんなに顔を赤らめて? 試着室の中そんなに暑い?」


「い、いやぁ……こういう服はちょっと似合わないかなーって……」


 顔を隠そうと被っていた黒のキャップをグッと深く被る。


「そうかなー? すごいかっこいいし、お似合いだよ! 月はもともとスタイルも良いから」

「……そう?」


「うん! こう、大人のお姉さんの余裕っていうか、女子だけどカッコよくキメれちゃいます!的なオーラ出ててさ」


「そ、それ本当に褒めてるの……?」


「褒めてる褒めてる! まあ、街中にこんな人がいたらもうすごい惹かれちゃうな!」


「……」


 その時の海のはにかんだ表情は私の心を少しばかりツンと動かした。


「……海も普段はこんな服?」


「うん! ほとんどこんな感じかなー」


「……じゃあ、買う……」


「えっ? 本当に⁉ 本当にいいの? やったー!」


「た、ただ流石にこれは自分で払う。自分の意志で買いたい、から……」


 そうしてたくさん着せられた中で一番海が気に入ってくれたセットを買った。

 ベージュ色のワイドパンツに黒のTシャツ、更にパンツと色を合わせたカジュアルなスニーカーにキャップ。

 すごく大人っぽいコーデで今までの私の服とは大違いだ。

 店に出ると、海がさっきよりも顔に花を咲かせて、陽気に鼻歌を歌っていた。


「今度遊びに行くときはこれ着てお揃いみたいにしよう!」


 もしかしたら私はこの笑顔が見たくて買ってしまったのかもしれない。

 そう思う瞬間。

 いやでも、まさか。そんなことないはずだ。

 まだ海に対する怖さは完全に拭えていないけど、少しは気軽に話せるようになったせいかもしれない。

 そうだ。きっとそうに違いない。

 そうしてその日は買い物を終えると海の家へ行く。

 なんだか足取りが軽くて、スキップをしたい気分だった。

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