第22話

 ――また別の日は人生初プリクラを撮った。


「ほらほら! もっと月も笑ってー!」


「え、ええ……恥ずかしいからもう帰ろうよぉー……」


 半ば強制的に撮られたその写真に写る私は、笑顔がぎこちなさ過ぎて逆に怖かった。

 これは待って欲しい。

 言い訳を言わせて欲しい! 

 いやぁね? 

 今まで私は笑ったことなんて無かったわけで。だから急に笑顔とか言われても出来ないわけで! 

 だから仕方ないの! 

 うん!

 しかもネットの通り、その写真は海の手によってどんどん加工されていく。

 目が大きくなって、肌が海みたく綺麗に白くなって、背景にはハートマークがどんどん盛られて……

 最終的に出来たものを見たけれど、「これ本当に私?」と言わんばかりの代物が出来ていた。


「これがプリクラ……特級呪物……科学技術発展の副産物……恐るべし……」


「なに言ってるのよ月。これが世の中のJKたるもの! すごい可愛いじゃん!」


 可愛い、のか? 

 これが? 

 うぅ……世のJKはこれをなんの躊躇いもなくSNSに挙げているのか……


「ほらっ、見て!」


 すると、海が今のプリクラをスマホの裏カバーに挟んで水戸黄門みたいなポーズを取って。


「更に更に! 世のJKはこうするのです!」


「そ、そんなことしたらみんなに見られちゃうじゃん!」


「そんなに興奮しないでよ月……でもこうしたら月とお揃いだね!」


「そうだけどさー……まあ、考えとく」


 その後一週間くらい検討したが、流石に今の私には高難易度すぎて海には申し訳ないが、自分の部屋の引き出しに大事にしまっておくことにした。

 プリクラを撮ったその日も、残りの時間は海の家で過ごした。

 本当にいつ見ても豪邸で、全部回り切るのに一日かかってしまいそうなスケールだ。

 中にはプールや自家農園もあって、ここだけ世界が切り取られている感覚に陥る。

 とは言っても実際することといえば、海の部屋で彼女のおすすめの本を読んだり、映画を見たり、学校の予習復習などであった。



 ――またある日は私の好きなバンドのライブに海と二人で。



 ――またある日は放課後を使い、陽キャたちの最近の状況を把握して、なにか証拠を得られないかと放課後に尾行した。

 探偵気分ではあったが、証拠も毎日出来るだけ集めていた。



 ――ある日は海のイヤホンを二人で共有しながら、私の家の近くの公園で日向ぼっこした。



 ――ある日は海の家で飼ってる大型のイヌを一緒に散歩させた。

 イヌのうんこは臭かったし、なんならおしっこを不意にかけられて、海に笑われた。

 なんか悔しい! 恥ずかしい!



 海のちょっとしたことについても知った。

 彼女はなにやら定期的に病院に通っているらしく……

 なんせ少年院時代の名残で精神状態の確認なんだそう。

 当の本人は変な様子も見せないので、特に追及することもしなかった。

 あの海の親が厳かに同伴して行くのを、何度も彼女の家の前で見かけたことがあった。


 大きなことから、小さい日常まで。

 最初はお出かけばっかりだったけど、段々些細なことさえも楽しくなってきて。

 そうして毎日が初めての体験をたくさん重ねていた私と海であったが、時間は感覚とは裏腹にどんどん過ぎていき、四月が終わる。

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