第23話

 五月の中旬になると学校の中間試験が迫ってきて、前みたいに遊びに行けるだけの余裕は無くなっていた。

 何度も言おう。


 腐っても私たちは受験生なのだ。


 試験勉強も毎日海と一緒にやった。

 ある時は学校の図書館で、ある時は近くのカフェで、ある時は海の家で。

 海の家ではほとんど真人さんや真紀さんとは顔を合わせなかったが、一度だけ対面してしまった時があった。


「海、お前なにやってるんだ!」


 しまったと思った。

 彼らは私のことを知らない。

 ましてや試験週間。

 勉強をすっぽかしているのだと思われるに違いない。


「なにって。勉強だよ。べ・ん・きょ・う!」


「勉強っていうのは一人でやるのが一番効果的なんだ。友達が出来たのは良いが、友達と勉強をしても全く意味がないことはわかっているはずだ。しかもお前は『ハンデ』を負っている」


 依然として厳かな雰囲気の真人さんと、その横で鋭い視線を海に向ける真紀さん。


「うるさいなー、いちいち! 僕の勝手だよ」


「海、いつまでもそんな生意気なこと言うな。前に話したように今すぐに転校させるぞ」


 前話した……? 

 なにそれ?


「……っち。そうやってすぐ大人は権力を振りかざすんだから~。いいよ、月行こっ」


 一瞬海の顔が怖くなったが、私に向けるときにはいつもの海に戻っていた。

 彼女は私の手を引っ張って、部屋の方へと向かる。


「い、いいの? 話止めちゃって? それに話って……」


「いいのいいの! 月は心配しなくていいよ!」


 なんだか言いくるめられた私はなにも言えないまま、彼女の手を握り返した。

 それから少しして。

 試験二日前くらいになった時、私と海はいつものように豪邸で試験勉強をしていた。


「ねえ月~! ここ教えてよぉ~!」


「はぁー……海、そこ前も教えたじゃないの。もう自分で出来るはずよ」


「もう忘れちゃったんだよー! だからもう一回! お願いっ!」


 実のところ――私も驚いたが――海は勉強があまり出来なかったのだ。


 てっきり真人さん真紀さんが言っていた通り、海は英才教育を受けて頭が良いのかなんて思っていたけれど……私の方が出来た。

 やはり少年院の生活が原因だったのかな……?

 しかもこうして一か月近く海と過ごして気が付いたのは、彼女はたまに私生活でも物忘れをする。

 ひどいときは前日に私としたことさえすっかり忘れているのだ。

 だから私がイヌにおしっこをかけられたこともある日忘れていたし、バンドのライブに行ったこともいつの間にか忘れていた。

 何度も同じ本をおすすめされた。


 でも毎回「なんで忘れちゃうの」と言っても「あははー、ごめんごめん! もう二度と忘れないから!」と笑って流されてしまうのがオチであった。


「海って鶏みたい」


「鶏?」


「鶏って三歩歩いたらもう三歩前のこと忘れてるって言われてるのよ」


「その理論でいうと反論出来ないなー。困った」


 全然困ったような顔をせずにそう適当に言う海は、なんだか拗ねてる幼稚園児みたいだ。


「よしっ! じゃあ今から鶏に関する本を読んでもっと鶏に詳しく……」


「こーら。勉強から逃げない。赤点取って落単しちゃうよ?」


「うぅ……それは避けないと月と過ごせない!」


 私生活でも勉強でも忘れん坊な海ではあったが、どうにかして彼女に勉強をさせて、いよいよ本番に臨む。

 結果、幸いにも彼女は全教科赤点を回避して、落単せずに済んだ。

 この試験週間だけは海との関係が逆転するのでちょっぴり楽しかった。

 そして試験を終えた学校にはその反動も相まって、大きな熱気に包まれようとしていた。

 今は五月下旬。この時期にやる行事と言えばただ一つ。


 ――そう、体育祭の到来だ。

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