第12話
「月のお母さんは良い人だね。すごい丁寧で紳士だった」
「……え? 海、なに言ってるの?」
ひんやりとした春風が、過ぎたはずの冬を思い出させるように、二人の間を切って吹いた。
「言葉そのまんまだよ。あんな月のために頭まで下げる親なんてそうそういないよ? 良いお母さんに恵まれてるね」
は?
「……さい」
「月、どうしたの?」
「……るさいっ」
「……月?」
「うるさいぃっ!」
そこまできて私は自分に秘められた負の感情を隠すことが出来なくなった。
「なんでそんなこと言うの⁉ 今日会ったばかりなのに! 私のことなんも知らないくせに!」
「っ……⁉ 月、大丈夫? こ、これはその……」
ここで初めて海が心配した表情を露わにした。
その綺麗な頬に一滴の汗が滴り落ちる。
私は足元のアスファルトの道のただ一点を見つめて息を荒める。
海の表情は見えない。
「あんなの親じゃない! 分かった気になんないで! そもそもっ! いきなりこんな馴れ馴れしくされても困るよっ! 私となんか友達になって……良いことなんて一つやありしないのにっ! 気安く話しかけないでっ!」
まるで氾濫する川のように、無抵抗のまま黒い棘の刺さった言葉が流れ出てきた。自分ではどうしようもなかった。
それほどまでにお母さんを――母親を憎んでいたから。
「月、その……ごめん。そこまでとは……」
「もうちょっとさぁ……人の気持ち考えてよぉっ!」
続けて私は左手を思いっきり真横に振って
「もう帰って‼」
無意識のうちに放たれた言葉は、この暖かい季節の空気に冷たく攫われていった。
「……うん、分かった。じゃあね、月」
最後まで彼女の表情は見ようとしなかった。
見たらもっと酷いことを言ったなと思ってしまうから。
今は彼女を悪者として認識しとかないと、自分が自分でいれそうになかったのだ。
――ガチャン
「無事に星宮さんを送れた?」
まだまだ汚物が広がるリビングルームで母親は険しい声で聞いてきた。
「うん」
「ほんと、仲良くしなさいね! くれぐれも無礼のないように! これでもし星宮家の顔になにか泥を塗るようなことをしたら……もうここでは住んでいけないわ!」
「はい……って、あっ! それはっ……」
ふとお母さんが手にしたのは丸みを帯び小さな三角形の道具。
「これ? もうこんなの使わないでしょ? こんな子供の遊びなんかより、よっぽど星宮さんと仲良くしてもらった方がいいわ! ほんと、しっかりしないさいよ」
「……」
今まさに私は親の道具として扱われているのだと感じる。
星宮家と近づいてなにかしらの副産物を得ようとしているのだろう。そんな見え見えの態度にどうしようもなく腹が立つ。
しかもそれを見抜けなかった海にも、今になって再び沸々と苛立ちが込み上げてきた。私を助けてくれた海だからこそ、こんなクソみたいな人間の卑しさを素直に受け止めて欲しくなかった。
その真っ白な瞳と心を汚して欲しくなかった。
でも、少し言い過ぎたかもしれない。
欲しくなかった、なんて所詮私の願望でしかない。
他人に自分の理想を押し付ける人……それはなんて自己中なんだ!
彼女への苛立ちと、申し訳無さと、親への失望とが、絵の具を使った後のバケツみたく茶色く濁って混ざり、私を濡らしていた。
――私は綺麗なパレットを途方もなく探していたのだ
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