第11話
「こんにちは、月のお母さん! 僕は星宮海。今日から月と同じクラスに戻ってきた者です」
「星宮って……まさかあの星宮⁉」
「ってお母さん、知ってるの?」
「そりゃあそうわよ! ここら辺で星宮といったら、大地主のあの星宮家のことよ! もともとあった広大な土地に、なにを作ってるのかは忘れたけど……でっかい工場を立てて大成功を収めたっていう。しかも今、更に全国にも進出してどんどん規模が大きくなっているって噂も聞いたわよ! もう天下の星宮家って呼ばれてるくらいだもの!」
「へ、へー……」
ここまでお母さんが詳しく知っているのを知って少々驚きを隠せない。
「工場っていっても農業関係とかいうしょぼい業種ですけどね」
海が嫌味たっぷりの皮肉を言ったところでお母さんが更に食いつく。
「そんな星宮家のご子息がどうしてここに⁉」
「海はね、しばらくの間、諸事情で休学してたんだよ。で、今日帰ってきた」
「ああなるほど……確かに全然見かけないなって思ってたのだけれどちゃんといらしたのね」
終始、海に対してある種の羨望の眼差しを向ける母親。嫌悪的な態度を見せるかと思っていたけれど、すごい友好的に接している。
「で、本日は月のお母さんに、これから月と仲良くさせてもらうのでよろしくお願いします、というご挨拶をしに来ました!」
「えっ! ほ、星宮家のご子息がわ、私の娘と⁉ そんなことが……っ‼」
「認めてもらうっていう言い方はなんか変ですけど、月とはこれからどんどん仲良くなっていきたいので、いいかなあーと、一応の確認をしに……」
「いやもう勿論です! こんな娘で宜しければぜひぜひ仲良くしてやって下さい! 私からもお願しますわ! ほらっお前も頭下げな」
「え、な、なんで私も……」
海からの願いを聞いて喜びが絶頂に達したのか、椅子を蹴飛ばして急に立ち上がったかと思うと、私の頭を力強く押さえつける。
いくらなんでも露骨すぎるだろ。
「いやいや、そんなことしてもらっちゃ僕も困るので頭は上げてください」
あたふたと手を振りながら海が苦笑いをして困惑している。
海はこいつの考えを分かっているのだろうか?
そんなことを唇を甘く噛んで考えていると、
「じゃあ認めてもらったということで、今日のところはこの辺で」
なんと、海がもう帰ると言い出した。
「え、もう帰ってしまうのですか⁉」
「大丈夫なの、海?」
あんなに入りたいと懇願していたから、もうちょっと居座ると思っていたのに。
一体なにを考えているんだろうか?
「はい! 用事は済んだので」
海は依然として元気に振る舞っている。
「なにかおもてなしを……ってこんな汚い部屋では失礼極まりなかったですね……本当にすみません。なんと言ったらいいか……」
ようやくこの部屋のひどい有様に気が付いたらしい。
それでも諦めないこの人は「今度いらした時には、ぜひぜひおもてなしを……」と挽回の機会を伺う。
「別に気にしてないので構いませんよ。いきなり訪れたのはこちらですし。片付ける必要もありませんよ」
「は、はあ……」
珍しく淡々とそう言った海は「では、失礼しました!」と言って玄関の方へと向かう。
彼女の目には、その淡さとは似つかわしい、汚いこの黒の部屋が鮮明に映っていた。
「私も外まで送ってくる」
お母さんにそう言い残して、私も海の背中を追って玄関へと向かった。
外に出た所で、一瞬、部屋の中に散らかったゴミを急いで片付け始めるお母さんの姿が目に入った。
この暖かい風は春なのに、ぞわぞわと凍てつくなにかが背筋に齧りついた。
「ねえ、海。これで良かったの……?」
ちょっと不思議に思って、目の前で背伸びをしている海に後ろから声をかけてみる。
「勿論! 月との仲を認めてもらったし、大大大満足だよー!」
私はまだ認めてはないけど……
「それにしても」と彼女は立て続けに口を開いた。
「月のお母さんは良い人だね。すごい丁寧で紳士だった」
「……え? 海、なに……言ってる、の?」
出てきた言葉は、事実とは真逆の言葉だった。
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