第47話

 ――キーンコーンカーンコーン


 試験最終日、最終科目の終わりを告げるチャイムが脳内に響き渡った。

 本来なら受験に向けての最終確認みたいに、すらすらと得意げな顔をしていないといけないのに、今は魂が抜けたような気分だった。

 脳死しているみたいに、ただただ息をしているだけの「もの」みたい。


「んじゃ、ⅬHR始めるぞー」


 答案用紙を数え終わった高野先生は髭をぽりぽりと掻いていた。

 体育祭以来、私の先生に対する好感度は少し、ほんの少しだけ上がったが、まだ完全に信用しきる段階には至っていなかった。

 「大人は碌なもんじゃない」が私の経験則だから。


「というわけでー、期末が終わったわけだがー。これからは本格的な受験勉強シーズンだ。せっかくの夏休みだが仕方ない。全受験生みんなおなじだ。それに、お前らは文化祭の準備をしないといけない。時間を取られて嫌だと思う奴もいるかもしれないが、みんなで協力し合って乗り切るしかない」


 らしからない長文のコメントに驚いていると、吉原君が立ち上がって呼びかける。


「みんな勉強したいだろうけど、助け合って早く準備を終わらせられるようにしよう!」


 普通なら嫌がられるであろう言葉でも、吉原君が言うとみんなもこくこくと頷く。彼に対するクラスのみんなの信頼度は計り得ない。


「じゃあ、早速文化祭実行委員の二人に進行をお願いしてもいいかな? 文化祭の出し物とスケジュールについてだねー」


「はいはーい!」


 背後から元気な声が聞こえるのだが、私は振り向きたくなかった。

 というのも、病院から逃げた以来、海とは一切話をしていなかったのだ。

 どう接したらいいか、分からなかったから。

 そう言えば私は委員なのかと少し憂鬱になりながら海の背中を負って教壇へと向かう。こんなたくさんの人に見られて最悪だ。

 しかも海とこんなことになっているのを知られずに。


「みんな出し物でなにかやりたいことあるー? 黒板に書いてくから自由に意見言ってよ!」


 基本的に話は全部海が進めてくれて、私はチョークを握っていた。

 ポロポロと零れていく破片に何故か親近感を覚えていた。

 それからしばらく色んな案が出され、最終的に残ったのは「メイド喫茶・トロッコ・お化け屋敷」の三つになった。ザ・文化祭といった感じの出し物。ちなみに去年はたこ焼き屋だ。


「俺、仕事あるから終わったら職員室に来てくれー」


 教室から出ていく先生の手にはたばこの箱が。

 仕事ってなんだよ、仕事って。


「はーい! じゃあここから一つ選んでいくんだけど……なにか意見ある人いるー?」


 海が問いかけると、沢野が「は~い」と力なさげに右手を上げた。


「なに」


「そんなに怖く睨まないでよ~。ただ手挙げただけじゃ~ん」


 見えないバチバチとした電流が彼女たちの視線を行き来していた。


「なら早く言ってくれます?」


「せっかちだなー、まあいいけど……私が良いと思うのはここには無いんだよね~」


「無い? この三つじゃないやつってこと?」


「そー」


「だったら先に言えば良かったね。生憎、もうそういう時間終わったんだ。ずっと爪を研いで話を聞いていなかった方が悪い」


「えーせっかくすっごい良い案だと思ってたのにー。ねー?」


「じゃあ言ってみなよ。そんなに良いなら、みんな納得してくれるだろうからね」


 その言葉の裏には「みんな納得しないよ」という反語が明らかに込められているが、沢野は素直にその言葉を受け取ったようで――あるいは餌に引っかかるのをまっていたかのようで。


「じゃあ遠慮なく。私が考えた出し物はー……」


 下で唇をぬめりと舐めて、彼女が放った言葉は


「クラスでやるバンドライブでーす」


 ――ドクリ


 その瞬間、一気に鼓動が早くなるのを感じる。

 沢野たちは私に視線を移して卑屈に微笑む。


 ――お前を潰す


 そう言われている気がした。

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