第48話

「クラスでやるバンドライブでーす」


 ――ドクリ


 その瞬間、一気に鼓動が早くなるのを感じる。

 沢野たちは私に視線を移して卑屈に微笑む。


 ――お前を潰すぞ


 そう言われている気がした。



「バンドライブ? 意味分かんないんだけど? それって――」


「星宮さん、そんなに怒った声出さないでよー。なにかあったの?」


「……っ」


 当然、私がいじめられた理由は海に教えていた。

 あのノートにも書かれている。

 だから海もまたこの「バンドライブ」という言葉が持つ意味を知っている。


「クラスで楽器引ける人でバンドを組んで、何組かがこの教室でライブするの。私だって弾けるしー? 橋本も反町も弾ける。それに、このクラス軽音の人結構いるでしょー?」


「それじゃあ弾けない人がする仕事がないからダメ。一部の人だけが楽しいだけだ」


「バンドするには内装とか照明とか音響とか色んな仕事が必要なんですけどー。弾けない人、弾きたくない人は裏方に回れば良いと思いまーす」


 沢野らしからぬ的を射た発言に海は思わず言葉が出てこない。

 私はといえば、終始変な汗を掻いていた。

 なに、この違和感……?


「そもそもライブなんて同じ時間に体育館でまとめてやってるよ。わざわざお客を取られにいってるようなもんさ」


「そうかなー?」


「そうに決まってる」


「なら多数決で決めようよ? 時間が被ったとしてもこのクラスはバンドをするかどうか。もし『する』が多かったら出し物はこれで決まりってことで」


「それは勝手がすぎるよ! 唐突すぎる!」


「でも、絶対人が来ないって思ってるんでしょ? 選ばれないって思ってるんでしょ? なら多数決していいじゃん。みんなもきっとそう思ってるはずだよ」


「っ……分かった。いいさ、しようじゃないの」


「おっけー……あー、あと言い忘れてたんだけどさー、もし『する』が多かったら私のお願い一つ聞いてよねー」


「っ……⁉ そ、それは流石に強引すぎる‼」


「でも『絶対勝つ』んでしょー? しかも、この案私が出したんだし、私にそういう権利の一つくらいあってもいいよねー?」


「……」


「じゃあ飲み込んでもらえたということでー、多数決しまーす。文化祭の出し物、バンドライブが良いと思う人―!」


 まるで図られたようなこの展開。沢野たちの自信に満ち溢れた表情。

 私をずっと取り巻くこの違和感。

 それらすべてが次の瞬間可視化され、無残にも目の前に広がった。


「「……」」


 クラスのほとんどの人が手を挙げたのだった。

 みんな顔を伏せながら、私と海が驚きの視線を向けているのを避けるように、でも、手は確かに天井に上っていて。


「こ、これは……っ⁉」


「はい、見て分かる通り賛成多数なので、出し物はバンドライブで決まりー! いえーい」


「ちょ、ちょっと待って⁉ これはおかしいよ。おかしすぎるよ! みんななんで⁉」


「はいはーい、言い訳はいらないよ星宮さーん。多数決だからねー。みんな、私の意見が良いと思って手を挙げたんだから結果に従わないとー」


 その瞬間、沢野は制服の内ポケットを私たちに見えるようにして、そこには……


「やった」


 一万円と書かれた薄い金色の紙が――紙幣が入っていた。


「もしかして……⁉」


「んー? なんの話かな~」


 まんまとしてやられた……クラスのみんなを「買収」したっていうの……? 

 そんなことまでするなんて……でも


「そのお金、一体どこから……?」


 手を挙げたのは、私と海、吉原君と、体育祭の時に少しよりを戻した女子数人以外のクラスメイト。数にして三十近くにもなる。

 一人一万だとしても、高校生には大金過ぎる。


「ね~不思議だね~。空からお金でも降ってきたんじゃない?」


「そんなわけないだろ」


「星宮さん、ぴりぴりしないの。せっかくのその困惑した顔が台無し~。そんなに気になるならまずは自分の親とちゃんと話してみたら~?」


「……親? さっきから沢野はなにを言って……っ⁉ ま、まさか……っ」


「でもさ~、ほんとありがたいわ~。いくら嘘言ったっていっつもお金くれるんだも~ん!」


 ……っ⁉

 そ、そういうこと⁉ 

 ってことは、沢野は真人さんたちに今でも「お詫び金」を貰っている……? 

 それを今日のために使わずに貯めてきたの……⁉ 

 私を潰すために?

「どうしてそこまで……」


「あら水野さん、私はあなたにずっと苦しめられてるの。あなたにはずっと地の底で這いつくばっていてもらないとね~。床を舐めるのが趣味なんでしょう?」


 「そ・れ・に!」と沢野は口角を釣り上げて付け加える。


「水野さんと星宮さんにはクラスで弾くだけじゃなくて、クラスの代表として後夜祭の軽音ライブに出てもらいまーす」


「「……⁉」」


「せいぜい頑張ってね。ベーシストさん。もうエントリー用紙、出しちゃったから~」」


 そう言うと彼らは高らかに笑い出す。

 他のクラスメイトは私たちの視線から逃げて、机を見つめる。

 吉原君は唇を噛みしめている。

 ……頭がくらくらする。

 どんどん意識が遠のいていく。

 終わりだ……みんな私がいじめられた原因を知ってる。

 そんな私がまたギターを弾いたら……もう、これ以上なにをされるか分からない……ギターを持っただけで、あのいじめられた日々の記憶が思い起こされる。

 手が震える。

 自分がギターを持っている姿を想像して吐き気がする。

 完全に仕組まれた。


 私は――いよいよ本当に壊されていくんだろうか。

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