第46話

 青柳や反町、沢野や橋本といった面々が私をいじめるようになる前、私はごく普通の女子中学生だった。

 友達だってある程度いた。授業や休み時間だって常に楽しかった。放課後だって毎日誰かと遊んでいた。

 日常を謳歌する、一般人だった。

 そんな私の一番の趣味がギターだった。

 私は休み時間になるとこのギターを使ってクラスで演奏していた。

 中学生ってのは単純で、ギターを弾けば周りには沢山の人だかりが出来て、私は一躍クラスの人気者になっていた。

 それを、陽キャたちは嫌ったのだろう。

 たったそれだけと思うかも知れない。

 些細なことだと思うかも知れない。

 でもいじめっていうのはそういう些細な、大人から見たらどうだっていいことから発展していくのだ。

 ある時から私がクラスで演奏していると「下手くそなんだよ!」とか「ねえうるさいんですけどー」と、ヤジを飛ばすようになってきた。

 初めはみんな無視していたけれど、あいつらに釣られた男子も加わっていって。それが日に日にエスカレートしていき……


「うるせーって言ってんだろっ!」


 ――バン


 私のギターは地面に投げつけられて、破壊された。

 私は唖然としていた。なんでこんなことするの? 

 ねえ、おかしくない? 

 壊れたギターを尚も卑屈に笑いながら踏みつけていく青柳と反町。

 その後ろで高みの見物をする沢野と橋本。

 外から囃し立てる男子たち。

 私はもう心のストッパーが外れていた。


「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ……!」


 気がついた時には、青柳に馬乗りになって彼のことを必死に殴っていた。

 でも、所詮私は女子。男子に勝てるわけもなく


「ああぁつ⁉ ふざけんなよっ!」


 青柳に一発、重い拳をお腹に入れられてその場に膝から倒れ込む。


「よっわww」

「こんなんで良く偉そうにしてるわ」

「調子に乗るのが悪いんだよww」


 私が苦しむ姿を見て、彼らは余計に笑い騒ぐ。

 人の不幸は蜜の味とはまさにこのことだ。

 その日が終わっても、彼らのいじめは止まらなかった。

 ここからだ。私のいじめが日常化したのは。

 給食の残飯をバックに入れられたことがあった。

 上履きに画びょうを詰め込まれたこともあった。

 ノートや教科書もボロボロに破られたこともあった。

 床を舐めさせられた。

 生理だと囃し立てられた。

 髪の毛をハサミで切られた。


 勿論、先生にも相談した。

 でも彼らが親身に寄り添ってくれることはなかった。

 実は橋本や反町の親はこの中高一貫校に莫大な支援金を提供していたのだ。

 沢野は……分からないけど。

 それで彼らの悪事は教員たちから暗黙の了解として見て見ぬふりをされていたのだ。

 その事実を知った瞬間に、私は大人という存在に絶望したのだ。


「汚い」

「惨め」

「ゴミクズ」


 私がいじめられればいじめられるほど、誹謗中傷は加速していく。

 いつしかあんなにたくさんいた友達は、私の周りからいなくなっていった。

 自分もいじめられるから。

 そして、ここからはみんな知ってるだろう。

 海が現れて、私に救いの手を伸ばした。

 でも、彼女は少年院送り。

 私を擁護する人が誰もいなくなったことでいじめはより悪質に、暴力的になっていき、今年の4月に至った……でも、今考えてもやっぱり分かんないよ。

 私が人気者だったからいけないの?

  私はただみんなと仲良くしたかっただけなのに。

 なんで、こんなことで私は苦しまないといけないの?


 ――いじめに明確な理由なんてない。


 ――ぜんぶ、気まぐれなんだ。だから余計に苦しむ。


 その後、ギターは一応修理に出してみたのだが、元に戻るはずもなく……新しいのを買ったけれど結局弾くのが怖くて……部屋の隅っこに、追いやるように置いていたのだ。


「文化祭、か……」


 ギターを見ただけで、思い出したくなかった記憶を呼び起こしてしまった私は、もうこれ以上現実を見るのが嫌になって、ぎゅっと目を瞑った。


「記憶、私も無くならないかな……」


 こんな不謹慎なこと、海が聞いたらどんなことを思うのかな?

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