第⑤話

 『僕』を否定されることが僕は嫌いだった。


 自分をどう呼ぶのかなんて自分が決めることじゃないか。


 なんでみんなそうやってみんなの「普通」を僕に押し付けてくるの? 


 「お前は幸せにはなれない」って、その「幸せ」ってみんなが決めた幸せでしょ?


 愛の形なんて幾らでもあるのにさ。そんなことにすら気が付けないだなんて、よっぽどみんなは「幸せ」じゃないんだろうな。


 幼稚園、小学校。いじめられてばっかだった。

 仲間外れにされた。物を隠された。机に落書きされた。廊下を歩いていたらその両端から罵詈雑言を測れた。

 「宇宙人」ってあだ名も付けられた。

 僕が『僕』って言ってたから。

 子供っていうのは何処までも無垢で残酷だ。いじめているという自覚が無い。無意識の内に言葉のナイフを揃えている。


 僕は学校全体でも有名人だった。

 だから知らない人からも理不尽にいじめられた。噂ってのは怖い。

 自分事じゃないのに、あたかも自分に直接の関わりがあるかのように錯覚させ、いじめにおいては特に自分は被害を受けていないのに、その噂の当人をなじる。

 先生も僕の味方じゃなかった。学校はいじめがある事実を認めたくなかった。

 教育委員会や地元の新聞に問題にされたら、学校運営に支障をきたすから。

 親も「普通」じゃない僕を化け物扱いして、暴力を振るって、暴言を吐いて、まるで物みたく扱って。


 僕は社会から疎外されていた。

 僕は僕にとっての普通を求めていた。


 少年院はもっと早く出る予定だった。

 でも院の中でも色々やらかしちゃって……その上、外に出てからもなかなか学校になんて行く気になれなくて……

 気が付いたら四年近くが経ってしまっていた。

 ほんとにそれで僕は良いのかとふと思う。

 だから今、僕はこうしてここにいる。

 

 だからね、月。

 今こうして君の寝顔を見ながら過ごすこの時間が、僕にとっては最高に幸せなんだ。

 自分のことを愛してくれる人がいること。

 ありのままの自分を受け入れてくれる人がいること。

 それがどれだけ「生きてて良かった」って気持ちにさせてくれるか。

 君が思っている以上に、僕は君のことを想っていて。

 口元に入った髪をそっと取ってあげると「……んぅ、んんぅー……」と寝返りを打つ。

 あらら、夢の邪魔をしちゃったかな。僕も君と同じ夢を見ていたい……けどね。


 いつの間にか枕はポツポツと湿っていて、僕は君に抱き着きながら深い眠りに就いた。



 ――ねぇ、僕を独りにしないで。

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