第65話

「これより文化祭を開幕します‼」


 ――パンッ!


 秋を感じさせるそよ風と、何処までも広がる晴天に空を任せて、私の目の前には空砲の煙が立ち上った。

 早速校舎入り口前の広いスペースでは吹奏楽部による演奏が始まり、それを取り囲むようなお客さんが数多く立ち止まっている。

 校舎に目を向ければ壁面はありとあらゆる装飾がされていて、校舎内も色んな団体のポスターや張り紙で埋め尽くされていた。

 まさしくお祭り一色。

 というのもこの文化祭は高校生だけでなく中学生やその保護者も参加出来るため、高校の雰囲気を知るにはぴったりの機会なのだ。

 部活なんかの勧誘もここで行われているし、地域の人も多く来るため、常に盛り上がっている。

 文化祭はこの土曜・日曜にかけて行われる。クラスでのバンドは二日間ともあるが、全校生徒の前でするのは日曜日の一回きり。

 体育館の大ステージで行われる演目のトリとして演奏する予定だ。


「楽しみだね月!」


 そう言う彼女の手にはたくさんの付箋が張られた文化祭のパンフレットが丸まっていた。


「忙しそうだね……」


「そうだよそうだよ! 月と一緒にしたいことが沢山あるんだ。露店でしょ、お化け屋敷でしょ、メイドカフェでしょ……兎に角! ほらっ、早速回って行こうー!」


 海に腕を掴まれて広場から校舎内へと入っていく。

 取り敢えずは海との最初で最後の文化祭を全力で楽しまないとバチでも当たりそうだ。



「いやあー盛り上がってるね~!」


「うん。何処にいても笑い声が聞こえてくる」


 私たちは校舎と校舎を結ぶ渡り廊下でそんな風景を見つめていた。


「ここなら流石に人が少ないねー」


「僕もうお腹減ったから食べちゃおうよ」


 口をへの字にして小言を零す海の視線は私の手元に刺さる。


「よし、食べちゃおうか」


 私は先ほど寄った露店で買った八個入りのたこ焼きをビニール袋から取り出した。


「うわっ! おいしそうー……」


「ほーら、よだれ垂らさないで」


 イヌみたいに舌を出してはーはー言う海を可愛らしく思いながら、容器を差し出す。


「いただきまーす! ……ほぉっはぁっはぁっ⁉」


「そりゃあ熱いに決まってるでしょー?」


「はぁっ、しゃきにいっれよ」


「気が付いた時には口に入れちゃってたもん」


 海はまるで餌を求める金魚のように口をホクホクさせながら少しずつたこ焼きをかじっていく。

 彼女が食べているのを見るととてもおいしそうに見えて私も一つ箸で取る。


「私も食べよっ」


「あっ、そうだ!」


「なに……ってちょ、ちょっと⁉」


 そのまま口に運ぼうとする私の手を止めて自分の口の前に持ってくると、海は口を小鳥みたく尖らせて「ふーふー」と優しく息を吹きかける。


「ふーふー」


「私は小学生?」


「だってほんとに熱かったんだもん」


「私はちゃんと考えて食べるよ?」


「僕が親切にしてあげてるのにからかわないでよっ」


 さっきのが恥ずかしくなったのか、一瞬顔をほのかに赤らめるとプイッと顔を逸らしてしまった。

 こんなところが可愛いんだよな……


「じゃあほらっ海、こっち向いて。私がふーふーして食べさせてあげるよ」


「そ、そんなんに僕が引っかかると思わないで!」


「ふーふー……はい、あ~ん」


 そっぽを向く海に差し出してみる。


「……」


「食べないの? なら私が――」


「食べるっ! はむっ!」


「どう? 熱くない?」


「……熱くない。おいしい」


 依然として表情は見せてくれないけど、うっすらと微笑むのが白い髪の間から伺えた。


「それは良かったね」


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