第66話

 クラスでの公演が始まる午後まで私たち文化祭を満喫していた。

 チョコバナナに焼きそばにフランクフルト。

 お化け屋敷にトロッコにメイド喫茶に。

 今日回れる場所を破竹の勢いで訪れていたのだが、お昼を過ぎてから流石に疲れて校舎からは少し離れたベンチで二人並んで休憩していた。


「こういうのもいいね。雑踏から逃れてる気分だよ」


「うん。流石に体力がね……ちゃんとライブ用に残しておかないと」


「はあー……遂にだね月」


「そうだね海」


 私は傍に置かれていた海の手を上からそっと重ねる。

 細くて長くて綺麗な指は内側に確かな熱を宿しているみたいで自然と心が落ち着く。

 しばらく、心地よい無言の時が流れた。

 ほのかに紅葉し始めた木々たちはその色を競い合うかのように生い茂り、見る者を楽しませる。

 そんな秋をしばらく見ていると、ふと遠くから私の名前が呼ばれる声がした。人ごみの多い校舎の方から不格好に走って来たのは……意外にも高野先生だった。


「どうしたんですか先生?」


「つ、伝えなきゃいけないことがあって……はぁーはぁー……」


 よっぽど探したのか先生は肩で息をして、額にはわずかに汗が光っていた。


「水野さんたちから預かったあの写真……校長に見せたんだ」


「えっ⁉ あれを⁉」


「うん。そうでもしないとなんにも変わらないと思ってさ」


「でどうなったの? その様子を見る限り……」


「ダメ……だった」


「そ、そんな……」


「かなり説得したんだが無理だった。でも……まだ俺は諦めない。もう少し色んな方法を考えてみるから。それを伝えたかったんだ。だからこっちのことは気にしないで頑張ってこい」


 じゃあなと手を振って振り向きながら、また人ごみの中に消えていく先生の背中は遠ざかっていく。

 でも、なんだか私には大きく見えた。


「月、私たちも頑張ろうか」


 私たちは明日の方向に思いを馳せて、今一度、心を一つに重ねた。



「それではこれより三年A組のライブを始めますー!」


 クラスの出し物の予定の時刻になった。ライブハウスみたく内装されたクラスの裏手から、こっそり幕を開いて教室全体を見渡してみると……


「す、すごい人……」


「ね。思った以上にお客さん来てる……」


 座席は既に満席状態。座れない人たちも発生しておりクラス後方で立ち見をしている。これも多分吉原君が一生懸命作っていた掲示用のポスターのおかげか、或いは女子たちが朝からそれを配ってくれていたからか。

 どちらにこそ、色んな人のおかげでこの舞台が整っていることに違いはない。

 そのみんなへの感謝の気持ちを忘れずに、そして完璧な演奏をあいつらに見せつけて暗に言ってやるんだ。


「もう私は恐れずに弾ける。誰かさんみたいにいつまでも過去を引きずってなんかいない」


 それが彼らにとっての最大の屈辱だと思うから。

 全部で五組程あってそれぞれが二曲ずつやるプログラムだ。

 私たちはその最後を務める。

 最初のバンドが弾き始める。

 実は学生レベルで弾ける曲は結構限られてくるのだ。プロを目指している人とかなら別だけど……それは聞く方も分かってる。

 所詮高校生の趣味の延長線上。

 でも私は、私たちはそれさえも超えてきたい。

 この胸に秘めた私たちの想い、それらを伝えるために今まで練習をしてきたんだから。


 もう迷わない。


 この一曲でこの現状も、過去も未来も。すべてを変えて「普通」になりたい。

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