第32話
「はぁーはぁー……」
「大丈夫、月? すごい息上がってるけど?」
「だい、じょう、ぶ……はぁー、はぁー」
一番初めの地獄、女子百メートル走を走り終えた私は続く二人三脚に出るために、少しばかり自分の席で休憩をしていた。
百メートル走ってこんなにきつかったっけ?
疲れすぎて後半狂気みたいな走り方してたよ?
こんなの公開処刑ならぬ、後悔処刑だ。
「はぁーはぁー……海はすごいね。余裕で一位取っちゃうし体力も有り余ってそうだし……」
「まあね~」
海は「えっへん!」と言わんばかりに高らかに胸を張る。
その様子がとても可愛くて、愛しくて、私の頬が日差しで溶けるアイスみたく、いつの間にかぽたぽたと緩んでいた。
「二人三脚の集合時間、もう少しだから早めに行っちゃおうか」
「うん。そうしよう」
いくら練習してきたとはいえ集合時間に間に合わなければアウト。
今までの努力がパーになるため時間管理は何気に一番重要だ。
毎年それを理由に出場できなかった生徒が何人かいる。
「確かハチマキはここら辺に……」
この高校の体育祭では各組にそれぞれ違う色のハチマキが配られており、それを結んで競技に参加するのがルールである。
つまり、このハチマキを無くしてしまった場合もアウト。
今年の私の組の色はピンク色であったのだが……今、私は目の前に広がる光景を疑いたくて仕方無くなっていた……
ねぇ待ってよ……嘘でしょ?
ねぇ、嘘って言って……
「……あれ? ちょっと待って海……」
「どうしたの月? そんな怖い顔して」
「ハチマキが……ない。この席に置いといたはずのが無くなってる!」
「えっ……そんなっ⁉」
百メートル走を走り終わった後、確かにここに置いて、それからトイレに……まさか……⁉
「盗られた」
「盗られたってまさか……っ」
「……沢野と橋本たちだ」
日々、警戒はしていた。でもまさか本番までこんなことまでしてくるとは思ってもいなかった。
だって私たちが競技に出られなければ必然的にクラス全体の獲得ポイントも減る。よって学年優勝からは遠ざかる。
共倒れをしているようなものなんだから流石に……
「しかもよりによってハチマキだなんて……」
「てっきり走ってる途中でなにかしてくるかと僕も思ってたよ……」
ハチマキが無ければ、競技に出られない。
彼女たちは根本を刈り取りにきていたのだ。
「くそぉ……こんな時まで……」
悔しくて仕方が無い。
これだけきつい練習をしてきて。海とも一緒に頑張れて。
遂に自分の手で成功を掴もうとしたのに、その手の中にあったのは白い空虚……
まるで雲じゃないか!
そこまでして私のことが嫌いなの⁉
そもそもあなたたちに私なにかした⁉
っていうか、なんで私ってこんないじめられるようになったの?
もしかしてあれのせい、なの?
あんな……たったあれだけの些細なことで?
複雑に絡み合う思考の中でモヤモヤと浮かんできたのは、私の部屋で埃と戯れて輝きを失っているあのギター……
「……とにかく手分けして探してみよう。僕たちを出したくないだけならどこか、見つけるのに時間がかかる場所に隠してあるだろうから!」
海の的確な言葉にハッとさせられる。
これまで私と一緒に居て苦労してるのは誰だ?
海だ。
今もこうして自分の出番さえも私のせいで失おうとしている。なのに私が地面を向いてどうするんだ。
掴めなく良いから雲を見ろ。手を伸ばせ。足元には奇跡すら転がってもいないのだ。
「私っ、あっち見てくる」
集合時間までは三十分を切っている。
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