第31話
「これより体育祭を開催しますっ!」
――パンッ!
パレットに青という青を塗り込んで、ちょこっと白を足したような清々しい色の空が私の頭上に広がっている。
風はそよそよと私のボブの髪を浚い、遥か彼方へと無邪気に流れていく。
六月の中旬に差し掛かるこの土曜日。
私は人一倍色んな思いを抱えながら、この体育祭に望んでいた。
体育祭は午前の部と午後の部に分かれていて、私たちが参加する二人三脚と女子百メートル走は午前の部、海の出場する借り人競争は午後の部に予定されている。
まずは全員参加の百メートル走をなんとか乗り越えて、二人三脚の方に意識を集中させたいところである。
昨日の「キス事件」のことはあるけれど、海とは今朝からまるでそれが無かったかのように卒なく話せていて、妙に体が痒い。
私が深く考えすぎなのかな……?って。
そんなこと考えている余裕は無い。
今はただ目の前にあることを頑張っていくだけだ。
「本当に水野さんが二人三脚で大丈夫なのかなぁー?」
「おいおい、止めとけってぇ~橋本。折角髪を切ってお綺麗になってるんだから~」
「いや反町の方が嫌味すっご」
開会式の整列中でもそんな嫌味は当たり前のように、陽キャたちの陰口は聞こえてくる。
「相変わらずうるさいなぁー。君たちは猿か? ホモサピエンスからホモになったのかな?」
隣に立っている海もそんな言葉を聞いて黙ってはいられない。
後方に整列している彼らの方に振り向いて、無表情のまま冷淡に言い放つ。
「ちゃんと前を向いてくださ~い」
「整列中ですよ~」
小学生みたいな言い訳をしてにんまりと笑う彼らの笑顔は、本当にこの世のゴミとしか思えない。
私の親と同等。
内側から沸々と怒りや憎しみやらが、忘れようとしても強制的に思い起こされる。
ほんと、嫌な気分だ。
ちなみにその親たちだがお父さんは勿論不在。
なんせ「仕事で忙しい」らしい。でも、私は知っている。
彼は昨夜、お母さんに内緒で家を抜け出していった。お母さんは彼が徹夜で仕事をしていると思っているのだろう。
実際、今朝までお父さんが帰ってくることは無かった。
一方、お母さんだがこれもまた不在。
そもそもこの六年間、両親が学校の行事に来てくれたことなんて一度もありやしない。何度それをいじられたことか。
だから私は体育祭のお昼休みが大嫌いだった。
全校生徒が家族や友人と一緒に親の手作りご飯を食べて笑っている姿が私を嘲笑うかのようで。
私の居場所がどんどん円形状に絞られていき、遂には体育館裏で独り悲しくコンビニのサンドウィッチを泣きながら頬張るのだ。
「整列中に喋るな。僕の言葉分かる?」
今年は海がいるからまだマシだけれど、私の惨めな姿を見て、こいつらは余計に興奮する。去年は長距離に勝手にエントリーされただけでなく、青柳が放送委員であることを良いことに、全校の前で恥ずかしい実況をされ、公開処刑された。
皮肉なことにそれは大好評だった。
教員も生徒もみんな笑っていた。みんな高校生特有の冗談だと思っていた。
それが青春だと。
その瞬間、私はこの学校に絶望した。とっくの前からしてたはずなのにね。
もしかしたらって、誰か私に、私の苦しみに気が付いてくれるんじゃないかって、絶望の淵から光を求めていた。
それが綺麗に蓋をされ、残るのは空虚な暗闇だけになった。
「それにぃー、星宮さん。いい加減『僕』って言うの止めな? 普通にきもーい」
「それなー。女なのに『僕』とか。そういうキャラ? 中二病かなぁ? 私からもお願いー」
「嫌だね。僕は僕なんだ。第一……」
「うるせぇーぞーお前ら。黙っとけ」
ピリピリとした空気が私の肺に入ってきたところで高野先生が注意してきた。
そこでようやく両者共に落ち着くのだが、私は先生と目が合った。
「どうした?」――「なんでも、ないです」
そんな会話を目でやり取りして、少し嫌な始まり方になったが、体育祭が始まる。
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