第43話
「ねえ海! どういうこと⁉」
ノートを見てからの行動は早かった。
一刻も早くこれが事実なのか確かめたかったのだ。
私は海の家にあった自転車に乗って、海が通っている病院に全速力で飛ばした。場所は前に本人から教えてもらっていたので迷うことはなかった。
看護師さんから病室を教えて貰い、階段を使ってようやく部屋の前にたどり着くと、私は躊躇なくドアを開ける。
部屋に真人さんや真紀さんの姿は見えない。
見えるのは……見たことも無い装置が体に繋がれて、ベットの上で起き上がっている海だった。
「月……?」
初め私を見た海は少し驚いたように目を見開いていたが、すぐになにかを察したらしく、いつもの優しい表情に戻る。
「ここに来たってことは、見たんだね……僕のノート」
「これに書かれてることってほ――」
「ほんとだよ」
言い切る前に海はそう呆気なく答えた。
そう。
ノートに書かれていたのは……
「僕は過去の記憶を忘れちゃう病気なんだ。ずっと黙っててごめんね、月」
その言葉を聞いて、私の脳内には色んなことが駆け巡る。
ノートにはこう書かれていた。
寝てしまうと過去にあった出来事を忘れてしまうこと。
忘れる記憶はランダムなこと。
初期は遠い過去の記憶が失われるが、症状が悪化するにつれて段々と直近のことを忘れてしまうようになること。
他者に言われて初めて失った記憶は取り戻せる可能性があるということ。
しかしそれでも徐々に思い出せなくなること。
記憶の曖昧性から自己同一性障害を引き起こす場合があること。
未知の病気であること。
対処法は……っ
「じゃあほんとに海は……っ⁉」
「うん。簡単に言えばランダムで過去のこと忘れちゃうんだ」
その瞬間、点と点が結ばれた。
海が勉強出来ないのは、せっかく公式でもなんでも覚えても、次の日には――翌日覚えていてもまた次の日には――忘れてしまう可能性があって……
「じゃあ、あの思い出ノートは……」
「うん。月との思い出を忘れないためだよ。忘れちゃったら月との会話がかみ合わなくなるでしょ? 『プリクラ取ったじゃん!』とか言われたら疑われるでしょ。だからほんとに些細なことまでノートの書いておいて、次の日の僕に託すんだ。昨日はこんな風に月と過ごしたよって。毎日僕はそれを見てる。それを見てまた新しい一日を生きるんだ」
「ほんとに忘れちっゃうの⁉ 昨日のことも⁉ 今までのことも全部っ⁉」
「初めて月と会ったと時はまだ覚えている方だったんだけど……最近は見ての通り、昨日のことでも忘れちゃうことが多々あるんだ。今はまだ月に言われたら思い出せるけど……更に症状が悪化したら、いずれ月に言われても思い出せなくなるかもしれない」
海は話を淡々と続ける。
「しかもランダムってのが厄介なんだ。なにを忘れるか分からない。だから全部を記録しておかなくちゃ、いざそれを忘れた時になにも思い出せなくなる」
「……で……んで」
海の説明を静かに聞いていた私。
でも……
「……なんでっ⁉ 私に教えてくれなかったのよっ⁉」
体の内側には酷く熱を持った言葉が無数に並べられていた。
「ねーなんでなんでなんでっ⁉ 教えてくれたらもっともっと海との時間大切に出来じゃん!」
「……ごめん」
「私にも手助け出来ることがあったよ⁉ 治療法がほんとにないか色々試してみたりさ⁉」
「……ごめん」
「『大丈夫』ばっか言って、全然大丈夫じゃないじゃん!」
この感情は海への怒りと所在ない悲しみだ。
海が私に言わなかった理由なんて分かってる。
でも……でも……っ!
でもねぇっ⁉
「私たち友達でしょ⁉ 親友でしょ⁉ 恋人なんでしょ⁉ 海の苦労、私にも分けてよぉ! 一緒に共有しようよっ! ちょっとはそれで楽になるかもじゃん! もっと私のこと信用してよっ‼ 頼ってよぉーっ‼ ねーなんでよっ⁉ 私のことほんとは嫌いだったのっ⁉」
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