第44話

「私たち友達でしょ⁉ 親友でしょ⁉ 恋人なんでしょ⁉ 海の苦労、私にも分けてよぉ! 一緒に共有しようよっ! ちょっとはそれで楽になるかもじゃん! もっと私のこと信用してよっ‼ 頼ってよぉーっ‼ ねーなんでよっ⁉ 私のことほんとは嫌いだったのっ⁉」



 目に熱いものが溜まるのを感じて息が激しくなる。

 でもこの涙は本物だ。

 ひどく塩っぽい。


「そう、だよね……本当にごめん、月。ちゃんと相談しとけば良かったね……」


「……違う……違うの! 私が欲しいのはそんな言葉じゃ、ないのぉー……っ!」


 私はどこまでも、いつまでも自己中だ。

 海は別に悪いことはしていない。

 私のことを大切にしてくれてるから言わなかっただけで……

 でもそれが逆に今の私を苦しめていて……

 このやり場のない感情はどうしたらいいのだろうか。


「……じゃあさ、私の親に言ったあの言葉も本当は本心だったってこと……っ?」


 海は私の親を「良い親」だと言った。

 でも次の日、話を聞いたら私を試していたのだと。

 私の親は「クソ親」だと言ってくれた。

 寝て記憶を失ってしまうなら、海の初めの言葉は……


「それは違う」


 しかし、海から帰ってきた言葉はキリっとした一言だった。


「あの時の記憶はちゃんと覚えてる。寝ても忘れやしなかった。だから本心から次の日ああ言ったんだ。それは信じてくれないかな……?」


「……分かった。信じる……」


 海の表情に嘘は見えなかった。


「でもそれだったら……なにが本当でなにが嘘なのか分かんないよっ‼ 海のことも……信じられなくなるよ……」


「そう思わせて本当にごめん……」


 海は終始、浮かない顔で布団の一点を見つめる。

 ちょっと動くたびに体に繋がっている機器がぶらんと動く。

 私の今の心みたく、宙ぶらりんに。

 機械同士がぶつかる音はやけに冷たい。


「……あの夜のことは? あれも……?」


「……覚えてる。ちゃんと覚えてるよ。月の表情も、温もりも、優しさも」


 そう言って海は少し赤くなっている首元をさらりと撫でる。

 それは私たちの愛の証。

 消えること無い、甘い記憶。


「……病状は、どうなの?」


「上中下でいう中くらいかな。僕は全然そんなだとは思わないんだけど、親が大袈裟なんだ」


「じゃあ真人さんたちがあんなに勉強を頑張れって言ってたのも……」


「そう。僕が記憶を無くすって分かってるからね。無くして試験を受けたら当然赤点。赤点を取り過ぎると留年する。そしたらあいつらが思い描く僕の人生設計に支障をきたす……所詮大人は子供を道具としてしか見てないんだ。自分たちにも子供時代があったのにね」


 海は簡単にそんなことを言うけれど、あまりにも大きなものを背負っているように見えた。自分がもし海だったら……

 それなのに、こんな逆行の中でさえ、海は明るく私と接してくれて。

 ほんとは私が励ましていけない立場なのに、なんにも海のことに気が付けなかった。私は励まされてばっかりで……これじゃあ海の「彼女」失格だ。

 私の感情はごちゃごちゃだった。

 まるで海と出会った最初の頃みたく複雑に絡み合って。海への怒りと、自分の情けなさと、状況の深刻さとで頭がパンクしそうだった。


「そんな心配しなくていいよ、月。僕は本当に大丈夫だから!」


 そんな海の微笑む言葉も今までなら素直に受け止められたのに、今は疑いの念を抱いてしまう。

 ほんとに大丈夫なの? 

 そう言い続けて、今この状況になってるよね……?


「それに! 期末が終わったら、いよいよ夏休みだよっ! 月としたいことがたくさんあるんだ! しかもその先には文化祭だって待ってる。委員として一緒に最高の思い出を作ろうよ」


「せ……どうせ……どうせ忘れるのに……っ」


「……えっ……」


「……っ、こ、これはそ、その……と、取り敢えず、今日は帰るね……ばい、ばい」


 どうしても冷気をまとった言葉が出てしまう。

 嗚呼、私は海を傷つけてしまった。

 一番傷ついているのは彼女なのに。

 裏切られた気分。

 でも待って。

 裏切られたって誰に? 

 最初から今まで、私が思い上がってただけ、なの?

 もし海の病気がこの先更に重くなって、私との記憶思い出せなくなっちゃったら? 私はまた独りになるの……? 

 そんなの、人の温もりを知ってしまった私に耐えられるわけない。

 この行き場の無い感情を、私はどうしたらいいの? 

 誰か、教えてよ……こんなことになるなら……



 海と出会わなければ良かったじゃん……っ


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