第51話

「これを持ちまして、一学期終了式を……」


 遂に三年生の一学期が終わった。

 一・二年生の並ぶ方からは何処か浮ついたような雰囲気が漂っているけれど、三年生は地獄みたいな空気が流れていた。

 折角の夏休みも受験勉強で潰れる。たくさん模試も受けて、合格判定を元にそろそろ現実を直視しなければならないのだ。

 いくら学歴社会は無いと言っても、私たちの目に見えないところで大人たちは暗躍する。

 たった一回の試験だけでこの先の将来に広がる選択肢が決まるのは、まだ大人になりきれない私たち高校生にとって、いささか残酷な運命をたどっているように思えてしまう。


「そのーなんだ。まあー、大変だとは思うがここが頑張りどこだぞー」


 教室に戻って、高野先生が最後にみんなに声をかける。

 先生なりの応援なのだろう。

 髭を意味も無くいじっているところに先生の不器用さが見え隠れしていた。


「文化祭の準備もあるだろう。バンド、だったっけか? みんなで協力して早めに終わらせて勉強に集中出来るようにしろよー」


「「はーい」」


 結局、本番このクラスでライブをするのは沢野・橋本コンビ、青柳・反町コンビ、そして他のクラスメイト数組。

 私たちはこのクラスのトリを任された。

 おまけに私たちは後夜祭で全校生徒の前で演奏することになっている。

 すべて彼らに仕組まれた……それだけに本番もどんな嫌がらせをされるか分からない。

 でも……


「よーし! 月、一緒に練習出来る日は少ないけど頑張ろうねっ!」


 海は今日も全力に生きている。

 今朝も「昨日覚えた弾き方忘れちゃった……」と少し暗い表情をしていたが、今の彼女の笑顔からはその黒さは見えない。彼女なりの優しさだ。


「うん。お互いやれることやろう」


 海との練習は週末に限定して、平日は受験勉強に専念することになっていた。

 バンドを組んでいない人たちは裏方に回っている。

 勿論、そちらの方の準備も本来はしなくちゃいけなかった。

 でも、そんな心配は杞憂に終わった。


「水野さんは手伝わなくて大丈夫だよ。俺たちで頑張るからさ!」


「えっ、でも流石に申し訳無いよ……吉原君だって勉強あるでしょ? 頭も良いしさ……むしろ私がやって吉原君は勉強に専念――」


「大丈夫! だって水野さんは……ギター、弾くんでしょ? 色々大変だろうからさ。ちょっとでも負担を無くした方が良いって」


 もちろん吉原君も私がギターを弾いていたあの頃を知っている。

 そして私が弾かなくなった理由も知っている。数少ない理解者……。


「ほ、ほんとに良いの……?」


「ああ! 問題ないよ、それに……」


 吉原君はそこで言うのを止め、ふと後ろを振り返ると


「私たちもいる、からさ……っ」


 彼の背中に隠れていたのか、プイッと出てきたのは体育祭から少しずつ仲を深めていたクラスの数人の女子たちだった。


「今まで水野さんたちに酷いことしてたからさ……その罪滅ぼしというかなんというか……」


「ここで水野さんたちのこと手助けしなきゃ、私、一生後悔するから……っ」


「これは私たちからのお願いでもあるの……だから、心配しないで」


 次々とそんな言葉が彼女たちの口から出てきた。


「み、みんな……」


 私は思わず目頭が熱くなる。

 こんな状況、半年前は考えられなかった。

 みんな、私の敵だった。

 嫌いだった。

 恨んでいた。

 でも、今は違う。

 こんなにも友達という存在が大きいことに気が付いた。

 気が付かせてくれたのはきっと……


「ってことだからさ、水野さん。水野さんは水野さんのやることに専念して後は俺たちに任せてよ。ライブ楽しみにしてるからさ! また聞きたいな。水野さんの曲」


 今目の前にいる彼のおかげなのだろう。


「……うん。本当にありがとうね、みんな。吉原君も、ずっとありがとうね」


 なーんて浮かれるのはまだ早い、か。


 まだまだ課題は山積みだ。

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