第52話

「あつい……」


 太陽は私の頭上でにんまりと輝き、私たちを溶かすような日差しを浴びせて、自分の存在を示していた。

 雲一つない快晴。生暖かい空気。そして、焼けたような土の香り。


 七月二十日。

 夏休みが始まって三日後の木曜日、私は早くも模試を受けることになっていた。

 今はその会場までの道中。

 延々と続く地味な田んぼ道。

 会場である近くの大学までは徒歩で二十分もかかるのだが、ほんとにこのまま歩き続けたら大学が現れるのか不安になる。

 そんな疑心暗鬼な気持ちでいたが、しばらくすると無事大学が見えてきてホッとした。

 受付の人に教室の方に案内され、静かに自分の席に着いた。

 真っ白の机と椅子。

 悪口も嫌な思い出も無いこれらは、無性に私の心を動かした。

 周りをちらちらと伺ってみても誰も知ってる人はいない。

 もちろんみんなもそうだろう。

 大学に入ったら、またみんな初めましてからのスタートに。私がどんな人間だったのかも知らない……

 もしかして大学に行ったらいじめられなくなる? 

 全部リセットされて、この机みたいにまっさらな状態になれるの? 

 なら、早く大学行きたいなー……欲を言えば第一志望に。


 私は東京の大学を目指していた。こんな田舎から早く出ていって、最先端の空気を吸いたかった。

 渋谷、原宿、新宿、吉祥寺……脳裏に広がるのは活気ある都会の風景。

 まだまだ合格には程遠いけれど、やれるだけやってみたい……!

 私は綺麗な机をさーっとなぞりながら、体が軽くなるのを感じた。



「ただいまー」


 半日ほどかかった模試は遂に終わり、くたくたになりながら私は帰路についていた。

 っていうか本当に長すぎる。

 志望の大学は国立なので五教科七科目も解かないといけない。

 それを一日でやるのは流石に頭がじんじんする。

 誰だこの日程を考えた奴は!


「……? どこ行ってたのよ。朝からこんな時間まで」


 気が付くとソファーに座ってテレビをボーっと見ていた母に視線を掴まれていた。


「どこって……模試だよ、模試……私、受験生なんだよ?」


「受験ねぇ……言っとくけど受験料なんて私、出さないわよ。大学の授業料も」


「……えっ……? それはちょっと……」


「不満だって言うの? もう私はここまで散々あなたに投資してきたわ! ここからはあなたがどうにかして私を支える番よ! さっさと奨学金でも借りなさい!」


 簡単に言うさ。

 奨学金だなんて、言ってしまえば借金じゃないか。

 でも授業料とかどうしよう……きっとこんな人間だから東京での一人暮らしも全部自費だろう。

 授業料、家賃、光熱費、食費、ガス、水道、日用品、その他諸々。

 あれ……さっきまであんなに大学が輝いて見えたのに……


「それが嫌なら大学なんて行かずに、この町で働きなさい」


 いつまでも夢には現実が付きまとう。

 そしてそれは大抵儚く散っていく。

 全員が全員、大学に行かないのは分かっているけど、子供の私には、まだ諦めきれない夢だった。

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