第50話
「さて、ここからどうしていくかだけど……」
びしょ濡れになりながら私の家に帰ってきてから、私たちは部屋で今後について話し合おうとしているところだった。
あの後は傘を差すことなんか忘れて、ずっと手を繋いで帰ってきたのだ。
寒くはなかった。
海が隣にいたから。
「取り敢えず、受験勉強のこともあるし、楽器の練習はお互いの日にちを合わせて、決められた時間の時だけにしようよ。ちゃんとメリハリを付けなきゃ」
「そうだね……」
「あとは……月、ギター弾けそう……?」
そう言って海は私の部屋の片隅に視線をやる。
そこには埃を被った深茶色のギターが寂しく置いてあった。
良く見たら床にピックが落ちていた。
まだ残りがあったのか……
「どうだろ……やって、みるよ」
まずやってみること。
頑張ってみること。
そう思って私は何年ぶりかも分からないけど、久しぶりにギターに触れた。
この木の感触、弦の張り、ピックの握り具合。
すべてが懐かしく、あの頃の――楽しくこれを弾いて笑っていた日々が瞬く間に思い出される。
「っふー……」
大きく一つ深呼吸をする。そして――
――じゃら~ん♪
心地良い音色が私の部屋を満たした。
でも……
「……っ…………はぁーはぁー……っ⁉」
私の体はそれを拒絶していた。
そんなに怖くないと自分に言い聞かせていても、体は正直らしい。気が付けば私の手は震えているし、息も荒い。嗚咽も止まらない。
「月、無理しなくてもいいよ……?」
海の心配そうな白い瞳を見て、一度ギターから手を離した。
「……はぁー。今は、こんなん、だけど……はぁー……残り一か月ちょっとで、はぁー……、やって、みせるっ……! 自分に、はぁー……、勝ってやるっ」
「……そっか。じゃっ、僕も頑張って曲を覚えないとね。どんな曲やる?」
「オリジナル曲作ろうよ。曲名は……そうだね……」
少しばかり考えていると、ふと頭の中に一つの名前が浮かび上がってきた。
「曲名は……『運命のモラトリアム』」
※
翌日から私はオリジナル曲を作ることに没頭していた。
久しぶりにコード進行なんてものを考えたり、ギターで歌える色んな曲を聞いて参考にした。
その間、海は――そもそもギター初心者なので――弾き方のいろはの「い」から学び始めた。
海の病状は良くない。
それ故、昨日覚えた基礎が次の日には振出しに戻っていることも多々あった。
でも、海は忘れる度に何度も何度も覚え直して。
「記憶で忘れちゃうなら、体に覚えさせればいいんだよ」
私が作曲している傍で、彼女は指が腫れるまで練習を重ねていった。
そして、ようやく――
「出来たっ!」
私にしか書けない、私たちにしか歌えない曲が出来た。
あとはこれをクラスで、そして全校生徒の前で歌うだけ。
そう思えたのは二学期終了の一日前だった。
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