第18話

「わあ……ここが海の家……⁉ 広い……」

「まあね。ほとんど使ってない土地ばっかりなんだけど無駄にデカいんだよ」


 広大な田んぼの中にいきなり見えてきたこのデカいお城のような家は、私を素敵なおとぎ話の世界へと引き込む魅惑さを秘めていた。


「さあ、入った入った! ちなみに今日もあのクソ親どもは家にはいないからやりたい放題さ! まあメイドさんは普通にいるんだけどね」

「メ、メイドさん⁉」


 本当に雇っている人なんてこの世にいたんだ……すごいような怖いような……。

 まるでホワイトハウスのような入り口を抜け、恐る恐る家の中へ入ると……そこはまさに異空間。素人の私でも見て分かる高そうな骨董品や絵画、美術作品がいくつも置かれているエントランスが目の前に広がった。


「月、そんなに見上げてたら首が疲れちゃうよ? 僕の部屋はこっち!」


 彼女を見失ってしまったらすぐに迷子になってしまう。速足で海に追い付き導かれるまま多くの扉を背に置いていった。

 そして、ようやく廊下の端に着くと海は「この角部屋が僕の部屋だよ」と立ち止まった。

 ドアを開けると「お先にどうぞ」と目配りをしてきたので、私は慎重に彼女の部屋に入った。


「どう? ここが僕の部屋だよ!」


 部屋は円形になっていて、それに沿うように本棚がびっしりと置かれていた。見たこともない数の本に私はしばし呆気に取られていた。


「これ、全部本なの? 海ってこんなに本好きなの⁉」

「あはは! 流石に全部ではないよ? ほとんどはあの親たちが僕をいわゆる『エリート』にするために買った学術本やら教育書さ。自分の意志で買った本はほんのちょっぴりしかない」

「すごいね、海は……私なんかと大違い」


 殊更本に興味はないものの、私はこうして自分からなにかを本から得るという経験をしたことがなかった。

 だからちょっぴり海のことが羨ましく感じた。


「全然そんなことないよ。これからはいつでも来ていいからね。本もたくさん読んで!」

「あ、う、うん。ありがとう」


 そう少しどもってしまったのは彼女の「いつでも」という単語が耳に届いたからであった。


「ねえ……月……」

「どうしたの?」

「昨日の、こと……なんだけど」

「昨日?」

「うん。別れ際の、こと……」


 自分からこの話題を出すのは嫌な気持ちだけれど、どうしても憂鬱な胸のモヤモヤを晴らしておきたかった。


「なんで……なんで昨日あんなことっ――」

「ごめん、月」


 なんと、私が全部を言い切る前に海が深々と頭を下げて謝ってきた。予想外の行動に余計気持ちの糸が複雑に、歪に絡み合う。


「昨日のこと、全部僕が悪いんだ。ごめん」

「ごめんって……本当に海は分かってるの……⁉」

「うん。分かってる」

「分かってなんかいないよ絶対! あの親は……あの親はねぇっ」


 つい感情に声を任せてしまう。いけない、もっと冷静でいないと。


「……ゴミみたいな親」

「えっ」


 聞き間違い? 

 いや、海の目は真っすぐ私に向けられている。


「吐き気がするくらいクズ親だった。あの散らかった汚物と同程度のゴミ」

「分かって、るの……? じゃ、じゃあなんで昨日あんなこと⁉」


 「それは……」と言い出したところで海は下唇を甘く噛み、一つ大きく唾を飲み込んだ。

 申し訳なさそうな彼女の声色に私はおずおずと耳を傾けた。


「それはね――」

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