第75話

「お疲れ様~‼」


 裏手に戻ると温かい握らいの言葉が私たちを出迎えた。


「みんな……!」


「水野さん、すごい良かった! 俺、感動したよっ!」


 すべてを出し切った私は今にも倒れそうなほどに疲労が蓄積していた。


「大丈夫、月? 体調悪そうだけど……」


「ちょっと貧血気味、かも……」


 それでもえへへと笑って少しでも長い間、このなんだか不思議な余韻に浸っていたかった。

 すると裏の入り口の方からなにやら人影が現れて凝視していると……


「その……なんというか、お疲れ、様……すごい良かったと俺は思う、よ」


 それは暗闇でも分かるほど、妙にもじもじして照れくさそうに話す青柳だった。


「あお、やぎ……うん、ありがとね」


「そんな感謝されることなんて……」


「それ……は?」


「……? ああ、この傷か? ……まあなんだ。気にすんな。ちょっと……転んだだけだ」


 そっか……さっき海からすべてを話してもらったって青柳は知らないのか。

 こっちだけが青柳が頑張ってくれたことを知ってるから、ここで意地を張る彼の姿が少しおかしかった。


「そっか……」


「反町はどうした? 沢野と橋本も」


 海が少し心配そうな顔をして小声で尋ねる。


「反町は……なんとかしたよ。最後はもう正気じゃないほど叫びながらやってたけどね。捨て台詞吐いてどっかに行っちまった」


「青柳って強いんだね」


「星宮に言われたくないです」


 なんだかこの二人、師匠と弟子みたいだ。


「沢野たちは?」


「俺が保健室に連れて行った。今も多分ベットで休んでるよ」


 なるほど。

 これも私の知らないところで色々と海と青柳が頑張ってくれてたのか……


「海、ありがとね。私、全部海に任せっきりでなんてお礼言えば良いのか……」


「なに言ってるの月―? 僕たちはパートナーでしょ? 助け合うのは当たり前だよ」


「……えっ。パートナーってどういうこと?」


 ずっと聞き手に回っていた吉原君が不思議そうな顔をしている。


「ああ。要するに僕たち付き合ってるんだ。真剣にね」


「「え、ええー⁉」」


 海がなんの躊躇いも無くそう告白すると、一斉に驚きの声が鳴った。


「つ、付き合ってるって……⁉ そんな感じはしてたけどほんとにそうとは……」


「ま、まあ今の時代、そんなこともたくさんある、よね……?」


「う、うん。おかしいことじゃ全然ないよね……二人、すごいお似合いだし……うん」


「まあ、星宮が水野を振り回してそうだけどな」


「おっ。青柳、ちょっと調子乗ってない? 僕ともう一回やりたいのかな?」


「嘘です嘘ですごめんなさい」


 海の殴るジェスチャーに身を縮める青柳の姿をみんなであははと笑い合う。

 実のところ私は少し怖かった。

 なにか言われるかもって……でも……なんだかみんなあっさり私たちのことを受け入れてくれて……この心配が空回りで良かった。

 良い人たちに巡り合えたなぁ。

 とここで「でも」と青柳が口を開いた。


「星宮はその……見た目以上に疲労が溜まってるはずだ。少しは保険室で休むべきだと思う」


 きっとそれは彼なりの最大限の気遣いなのだろう。

 実際、私から見ても今の海は相当疲れている。今にも眠ってしまいそう……あ、でも……彼女は眠っちゃダメだと心の中で思ってるはず……歯がゆいけれど、今は記憶のことなんか関係なしにゆっくり休んで欲しい。


「俺もそう思う。星宮さんはゆっくりした方が良いだろうね」


 吉原君も改まった顔で海にそう促す。


「でも月は大丈夫? 月も相当疲れてるんじゃ……」


「そうだな……じゃあもし水野が良かったら俺の家が今空いてるから来ないか?」


「えっ、吉原君の家?」


「ああ。水野、貧血気味だろうから俺の家なら色んなサプリメントもある。安心して。家には母親もいるから」


「ええとー……本当に良いの?」


「もちろんだよ」


 ちょっと申し訳ない気持ちがしてちらっと海の様子を伺うと、彼女はコクンと小さく頷く。


「じゃあ……そうしよう、かな。ほんとに良い、の?」


「んじゃ、水野と星宮はそうするとして。俺たちはさっさとここを片付けて撤収しますか」


「うん。そうしよう」


 青柳が残りのこの場を仕切って他の女子と動き始める。

 そんな様子を見て、徐々にこの胸の高まりが収まってくるのを感じて少し寂しい。でも。

 そんな寂しささえも忘れてしまう程の楽しい瞬間を。

 なによりも私が一番愛する人と肩を並べて共有出来たことに。


 私は頬が緩んで仕方が無いのだ。

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