第37話
そんなことを思っていると、吉原君が駆けつけてきた。
「水野さん! 大丈夫? 怪我はない? 俺、運営委員でテントから見てたんだけど、水野さが転んだの見てすごい心配になって……っ」
ものすごい勢いで喋る吉原君がなんだか可笑しい。
いつものクールな彼らしくないというか……こんなに私のこと心配してくれてたんだ、とか。
「だ、大丈夫だよ吉原君。そんなに心配しなくても」
「心配だよ。ほらっ、血が出てるじゃないか」
そう彼が指さす私の膝小僧は見事に皮膚が擦れて、内側から血があふれてきていた。
「こんなに出てたの……分かんなかった。でも大丈夫。あとでちゃんと洗っとくし、痛くも無いから」
「それなら、いいんだけど……でも痛みを忘れるくらい頑張ってたんだね。すごいよ水野さん!転んじゃったけど、その後もすごい頑張って走ってた! みんなもそう思うよな?」
吉原君はみんながいる方を元気な声を出して振り返る。いや、そんなこと思ってる人いないんだよね……彼は応援席にいなかったから分かんないんだろうけど。
「う、うん! 水野さん、すごい頑張ってた!」
がしかし、ある一人の女子生徒が決心したかのように、少し震えた声でそう言った。
「あ、わ、私も水野さん…………あんなに頑張っててすごかった、よ……」
「練習もすごい頑張ってたの、私知ってる…………!」
続くように何人かの女子生徒が労いの言葉をかけてくれた。
嘘……こんなこと……今までにない。いつもクラスの圧に負けていたのに、数人でも今は本当の本心で向き合ってくれている。
「ほらっ、ちゃんと水野さんの頑張りを見てくれてる人はいるんだよ。他の人は……少し照れてるんだよ。そういうことにしよう。だからほらっ。本当に、お疲れ様! ナイスラン!」
「「ナイスラン……!」」
「勿論、星宮さんも」
「うんっ! みんな応援ありがとねー」
「……星宮さんもすごい頑張ってた。なんでそんな体力有るの?」
「うん。体力あるのはすごい羨ましい……」
「そ、そうかな~。なんか僕、恥ずかしいなー。えへへ~」
影の努力はきっと誰かが見ている。
その言葉に強く心を打たれた。
海と必死に頑張った結果、吉原君が応援してくれて。その吉原君をきっかけに数人だけれど初めて同じクラスの女子に励まされて。
海もその女子たちと会話が弾んでいって……
努力が巡りに巡って、少し、ほんの少しだけど今までには無かったことを起こしてくれている。
まさに今、今までの悪しき雰囲気に光が芽吹き始めた。そんな気持ちになる。
あいつらも吉原君が中心にいるからか、変な行動をしてこない。周りで先生たちが巡回しているからかもしれない。
いずれにせよ、私たちはただこの瞬間を純粋に味わっていた。
「月、ナイスファイト!」
「うん、ナイスファイト!」
大事なのは結果じゃなく過程。
まずは頑張ってみること。
そうすれば少しずつ私を取り巻く環境は変わっていくのかも知れない。
それに気が付かせてくれたのは、多分、海のおかげだ。
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