第36話
「「これで二人三脚を終わります!」」
放送委員がそうアナウンスすると、生徒たちは一気に自分たちのクラスの場所へと戻っていく。
そんな様子を横目に、まだ息の整っていない私は海とゴール付近で立ち尽くしていた。
「はぁーはぁー……ねえ海」
「どうしたの、はぁー……月?」
「ごめんね……こんな結果で。はぁー……一位、目指してたのに……」
結局、私たちの順位は七組中の四位。転んでから三組も抜かれたことになる。
「全然気にしてないよー! 私は月とこうやって一緒に汗を流せたことに感謝してるよ!」
「違う、違うよ……海は……心の奥で私のこと嫌がってたでしょ……『転ぶなよ!』って」
「えっ⁉ なに言ってんの月? 僕は本当になんとも思ってな――」
「嘘よぉっ!」
自分でも驚くくらい大きい声が出る。でも終始地面のある一点を見つめていたので
彼女の顔は見えない。
いや、見たくなかったのだ。転んだ時から。
「あんなに頑張って練習してぇ! すごい時間かけて準備してぇ! 本番私のせいで一位取れなかったのにぃっ⁉ それなのになんとも思ってない訳ないじゃんっ!」
「そんなこと無いよ!」
「嘘嘘嘘! 私だったら思ってるもんっ! 海の努力も時間も、全部私のせいで無駄にしたぁっ! こんな惨めで弱くてこの世にいなくても良い存在の私なんかに……っ!」
「僕のこと信じて、月!」
「ねえ! ほんとのこと言って! 私のこと蔑んでよっ……! じゃないと……そうじゃないと、この気持ちに整理がいかないの……っ。嘘でも良いから私を叱ってよぉー!」
そうだ。結局、私は自己中なんだ。
責任の所在を求めているのだ。私が悪かった。そうすれば少しは気持ちが楽になる。
私は悪くないと言われるほどに、私は痛んで傷ついていくのだ。
「怒って怒って怒ってよ、海ぃ! 怒ってくれたらもっと私が悪者になれるからぁーっ‼」
ぽこぽこと海の胸のあたりを泣きながら殴る。
はぁー……なんて情けないんだ、私。だから……いじめれるのかな?
こんなにも自分の感情を優先してしまうから。
「……」
「なにか言ってよ……海」
いくら叩いたって、海からの罵声は飛んでこなかった。
私の方が先に折れて、ストンと両腕を落とすと、次の瞬間私の顔に海の手が触れる。温かい……
そして強引に私の視線は海の方へとやられて、ようやく周りの風景と彼女の表情が見える。
「これで、信じてよ」
ぷちゅりと私のおでこに優しくキスをされる。ほんの数秒の出来事だった。
「へ……海、い、今、なにして――うわっ⁉」
私の声を遮るかのように、今度は私の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめてきた。
「う、うううぅぅ海ぃ……? どう、したの?」
「言葉じゃ私の気持ちが伝わらないと思ったから、今こうして行動に移してるんだ」
「は、恥ずかしいよ……ほ、ほらっ。周りの人も見てきてるって」
「じゃあ転んだ時とどっちが恥ずかしい?」
「それは……」
「っはっは。ごめんね。意地悪な質問しちゃった」
もうっ、という意味を込めて抱きしめてくる海の腰を軽く叩く。
「でもね、月。僕はほんとになんとも思ってないよ? 周りがなんと言ったって、私は絶対にそんなひどいこと言わない。だって私はずっとそばで月の頑張る姿を見てたからさ。一位なんか取れなくたっていいじゃない。私は月と走れて最高に楽しかったよ! 大事なのは結果じゃなくて、過程だよ。現に月と走っててすっごい気持ちが良かった」
「海……」
「それに、走ってる時に言ったでしょ? 『楽しい』って。だから、そんな簡単に自分を傷つけないであげて? 月は優しい人だからさ、すぐに自分を傷つけちゃう。でも違う。本当の月はもっとすごいんだよ? だってこの二週間、すごい頑張ったでしょ? こんなに練習してたの私たちくらいだよ。だからさ、まずはここまで頑張った自分を褒めてあげて?」
背中をポン、ポンと赤ちゃんをあやすように叩かれながら、海は優しい声色で――西洋絵画の聖母マリアのように――優しい声色と温かさを秘めていた。
「ほんとに、信じていいの……?」
「当り前さ! もしそれでも転んだのが負い目なら、私の借り人競争をいっぱい応援してよっ! 僕、頑張るからさっ!」
そう言っていつしか泣き止んでいた私から離れるなり、グットポーズをしてきた。海はすごい優しい人だ。
語彙力が死んでるけど、生きていても表現できない程、私の目に海は美しく輝いていた。
なんで彼女が少年院なんかに……もっとそうなるべき人はたくさんいるのにな……
「じゃあ月、席に戻ろうか」
私はクラスの席に向かった。
案の定、反町や沢野たちからは罵声が飛んできた。「なにやってんの?」とか「よく戻ってこれたね?」とか。蔑むような視線を向けてくるクラスメイトもちらほらいる。
私の椅子はいつの間にか砂まみれ。少し水分を含んでいて泥みたくこびりついていた。
やっぱり転んだ時に言われていたのは本当だったのか……やっぱり私……っ!
そんなことを思っていると、吉原君が駆けつけてきた。
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