第77話

「どうしたの水野さん?」


 開けた先に待っていたのはお茶を積んだお盆を持った吉原君だった。

「いや……その……なんかもう体調大丈夫になってきたかもだから、帰ろうかなって、ね」


「いやいや、そう自分で思ってるだけで今は安静にしないと。さあさあ、入って入って」


 優しそうな笑顔を浮かべる彼に抗うことが出来ず、再び私は部屋の中へと引き戻される。


 ――ガチャ


 っ⁉ 

 私の背後で――今確かに、彼が部屋の鍵を閉める音がした。


「な、なんで閉めるの?」


 上手く笑えないまま彼に尋ねた。

 でもここから私は平静を装う必要は無くなった。

 正確にはいられなくなったのだ。

 彼は彼じゃなくなっていた。


「……引き出し、見たの?」


「……っ」


「ダメだよー? 人の部屋勝手に漁っちゃ。プライベートだよ?」


 そう話す彼の声はまるで別人のような冷たい声色で。

 一気にこの部屋の空気を暗くさせる。

 彼は目で笑いながら、ゆっくりクローゼットの方へと向かい扉を開ける。


「そんなに部屋を漁ったら見られたくないものも見られちゃうでしょ。例えば……これとか」


「え、ま……待って。それって……」


「良いよねー、これ」



「私の……ギター……⁉」



 そう――今日の朝、無くなったはずの、沢野たちに盗られたはずの私のギターだった。


「な、なんで吉原君が持って――」



「……えっ」


「沢野たちに『西校舎のここに隠せ―』って言ったらさ。あいつらバカだからそのまんまの所に隠してさー。マジで笑えるよね。これだから阿呆は扱いやすいんだよ」


「なに……言ってるの……?」


「んでー。あとは俺が西校舎を探すって水野さんたちに言って回収すればあら不思議。俺の手元に星宮さんのギターが! 摩訶不思議だよね~」


 すうっとギターに顔を近づけてその匂いを嗅ぐ吉原君……


「ってことは……あのリコーダーも……?」


「リコーダー? ……ああ、あれね。そうだよ?」


「じゃあ、ファイルもペン入れも……?」


「勿論。なんなら今まで水野さんの手元から無くなったものの三分の一くらいは俺が持ってるんじゃないかなー? 全部あいつらの仕業だと思ったでしょー⁉ 騙されたでしょ⁉ あははっ‼ しかも三年始めの時、財布盗まれたでしょ? いつもより多くお金の入った財布。あれも俺があいつらに陰口しといたんだよー。購買で財布取り出した時に中身見えちゃってさー」


 満面の笑みで笑う彼の姿はあまりにも歪すぎて気持ちが悪くなってきた。


「……なんでっ⁉ なんでこんなことっ!」


 私の中の吉原君はこんなんじゃないはず……

 今私の目の前にいるのは本当に吉原君なの?


「だって俺、水野さんのことすごい好きなんだもん」


「……えっ……」


「なのにどうして星宮とか好きになるのかなー。意味分からんわ」


「じゃあ……今まで私を庇ってくれたのは……」


「まあ心配三割、近くに居たい七割かなー。別に俺、君がいじめられてても良いし。どうだっていいわそんなもん。逆に好きな人の苦しむ姿もすごい愛おしい……!」


「じゃあずっとだましてたの⁉ 私も、みんなもっ⁉ あなたも私へのいじめに加担を――」


「だましたとは心外だなー。いつ俺が嘘を言ったの? そっちが勝手に理想の俺を創りあげてただけでしょ? 加担は……まあ捉え方によるね。俺はただ水野さんが使っている物が欲しかったんだよねー。すうー……はー……だって、こうしていつでも水野さんも傍に感じられる」


 彼は……吉原君じゃない。

 吉原君に似た別人だ。そう思い込まないと今の私の感情がおかしくなりそうだ。

 生理的に気持ちが悪い。

 彼は異常だ。

 狂っている。

 こんなの愛じゃない。


 早く……ここから逃げなきゃ!

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