第88話
話は戻るが海の海外転勤。
私には止めようがなかった。
国際空港でいくら泣いたことか。泣きすぎて空港のグランドスタッフに心配されたくらいだ。
海はあちらの最先端の医療技術を受けながら、高校三年生をもう一度過ごし、その後大学へ……と行くはずだったのだが、海が真人さんたちに頭を下げてお願いをした結果、海は海外の美容専門学校へと通うことになったのだ。
海が頭を下げたことに真人さんたちは相当驚いていたらしい。そこまでなら、ということでようやく重い腰を上げたそうだ。
そう。彼女もまた自分の道を歩んでいる。
あの日、私の髪を切ってくれた時の言葉通りだ。
「それで? 今日はどれくらいのお客さんが来たの?」
「うーん。三、四人かな? ちょっと少なかった。平日だしねー」
海は島で数少ない美容院をやっている。そもそも島の人口は本土と比べてかなり少ない分、島民同士の交流が盛んだ。
今では島一番の美容院として多くの世代の人たちから親しまれるお店になっていた。
そしてあちらでの治療のおかげもあり、段々と病状も良い方向へと傾いてきている。少しずつ記憶できるようになってきているのだ。
でもまだまだ不完全。今も薬を飲み続けている。
だから私は海が忘れてしまったことを何度も教えてあげている。
勿論もう何十冊にもなった「記憶ノート」にも書くけれど、書ききれないことだってある。
だからその分を私が補う。
「そういえばさ⁉」
「どうしたのいきなり」
「昼くらいに電話があって、今週末に高野先生がこっちに来るって!」
「え、ほんとに⁉ それは嬉しいなー!」
「久しぶりだもんねー」
高校卒業、高野先生は予想通りもっと地方の、田舎の治安の悪い学校へと飛ばされた。
それでもすぐにあの学校を辞めさせられなかったのは、どうやら青柳やら女子たちが学校側に訴えたからであった。
その後もちょくちょく連絡を取り合って私が大学卒業後、ここに来るときも見送りにわざわざ来てくれた。
初めの方こそこの島にも遊びに来てくれていたのだが、段々と仕事が忙しくなったようで最近は全然先生の顔を見てなかったのだ。
だから本当に嬉しい。
「じゃあ先生来る前に月、髪切っちゃう?」
「いいねー。ちょっと伸びてきたしそうしようかな」
「髪型は?」
「うーん……じゃあ、高校の時のとおんなじので」
それは、あの日、海の家の庭で切ってもらった時のボブの髪だ。
高校生の時の髪形にすれば先生もすぐに私を見つけてくれるはず。
過去にも私を見つけてもらったように。
「了解。ではでは、こちらの席へどうぞ」
目を閉じれば後ろから海のハサミの音が聞こえる。
――チョキチョキ
それはまるであの日のように。
窓からふんわりと潮風が流れ、私はあの庭にいるような気分になれる。
海の優しい手。
その温もりに触れるだけで私は幸せになれる、魔法の手。
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