第87話

 あの激動の高校三年生を過ごした私は、その後悩みに悩んだ挙句、結局教育系の大学に進学することにした。

 私のように成長してから悲しんで欲しくない。

 少しでも子供たちを笑顔に、幸せにしてあげて豊かな感性を育んで貰いたい。

 それが人生の柱になるから……

 そんな突発的な思いに駆られて私はこの道を選んだ。


 大学には給付型の奨学金制度を利用した。

 実は先生が「難しい」と言ったあの日以来もずっと私でも受けれるものを探してくれていたのだ。

 そして私は無事大学進学という道に立てたのだ。

 だから本当に先生には感謝しきれないのだ。


 文化祭後の学校は……少し気まずかった。

 橋本は不登校に。

 沢野と反町は変わらず学校に来ていたものの、以前までの勢いは驚くくらいに無くなり残りの高校生活を静かに過ごしていた。

 噂によると私がいじめられなくなった代わりに今度は沢野がそういうことをされていたらしい。

 ある日少し気を遣って「大丈夫?」と勇気を振り絞って声をかけてみたが「大丈夫。あんたみたいにやわじゃない」と彼女らしい意地っ張りな返答が帰ってきた。

 そこまでの酷さでは無かったのだろうか。


 吉原君は少年院へ。

 クラスの、いや学校全体が彼のことを信頼し、尊敬し、文武両道の鑑としていただけに、その衝撃は大きかった。

 しばらくの間は彼の信憑性のかけらもない色々な噂が学校中を漂っていた。私の名前は勿論出されていないため、私は静かにしていた。


 母とはもうほとんど口を交わさなくなった。

 あちらもこちらもお互いがいないような振舞をして家族としての枠は完全に壊れていた。

 でも別に良かったんだ、これで。

 私に今必要なのは自分で生きる力だから。

 もう嫌な大人に左右される人生はこりごりだ。

 今になってようやく極たまーに連絡をするくらい。

 私だってもう大人だ。あんな人を家族だなんて思いたくはないけど、どう憎んだって血のつながりは消えやしない。

 私には家族としての最低限の義務がある。


 そして海の海外転校。

 これはやっぱり悲しかった。

 顔には出さないけど喜んでいる人もいれば悲しんでいる人もいて、私としてはなんとも言えない感情に心を乱されるが、それでもなんとか私は残りの学校生活を、少なくとも苦労はせずに駆け抜けた。



「お疲れ様でーす」


 残業を終えて、同僚の人たちにそう声をかけた私は帰路へと向かう。


 私は今、とある島に住んでいる。

 もうすぐここでの生活も一年が経とうとしている。

 常に海風が島全体を優しく包み込み、様々な動物と触れ合い、季節を肌身で感じられるこの島が私は好きだ。

 私はあの日の約束を果たしていた。


「ただいまー」


「おかえり月! 今日もお仕事お疲れ様!」


 毎日この太陽に似た輝かしい笑顔を見るために生きていると言っても良いほどに、私の今の生活は充実していた。


「ありがとう、海」



 そう――私は今、海と同棲をしている。

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