第68話
「これにて文化祭一日目は終了します!」
すっかりと辺りは帳が降り始め、秋の虫がここぞとばかりの鳴いている声がしてくる。
それに釣られて窓から外の様子を伺うと、お客さんたちは祭りの余韻に浸っているのか、ふわふわとした面持ちで校門を潜り抜けて行くのが見えた。
今はクラスで一日目の振り返りを行っていた。
明日への改善とか動きの確認とか、直すべきところは直していかないとクラスの負担も大きくなる。
実のところ、演奏中のことはあまり覚えていなかった。
ミスなく弾くこと。
お客さんを楽しませること。
みんなと笑い合うこと。
それだけで精一杯だったから、演奏が終わってからもしばらく放心状態だった。
でも唯一頭に残っているのは、演奏中の吉原君や女子たち、そして海の笑顔。教室の溢れんばかりの歓声だけだった。
要するに私は上手くやってのけたのだ。
「月~! 僕たちやったよ!」
ステージ裏に入った瞬間、海が抱き着いてきた。
そしてもう一度私にキスをした。その場にいた人の視線がすごい恥ずかしかったけど、それも唇から零れる優しさが全て跳ね除けてくれた。
私にはこれが最高のご褒美だから。
「海、本当にここまでありがとうね。海がいたからこんな完璧な演奏が出来たよ」
「それはお互い様。お客さんもみんな笑顔だったし最高だよ!」
「この調子で明日のクラス公演も全体公演も頑張ろうね、海」
「もちのろんだよ、月!」
そんな会話を顔に花を咲かせながらしたのだった。
その後、吉原君たちも笑顔で駆け寄ってきてすごい褒めてくれた。他のクラスの人たちも行動には移さないけど、その表情には笑顔が零れていた。
昔見たあの景色のまんまだった。
「今日はみんな本当にお疲れ様! でも気を抜くのはまだ早いよ。明日の二日目に向けて今日は帰ってゆっくりと休もう」
そう言う吉原君が一番疲れているのに一番みんなを励ましている。
お母さんが吉原君の家はシングルマザーと言っていたけれど、毎日バイトもしているらしい。
そして隙間時間に勉強を……私とは大違い。
本当にすごいや。
「演奏してくれたみんなも明日に向けてゆっくりしてね。楽器とかの荷物はいちいち持って帰るの面倒だろうからこの教室に置いてっていいよ」
「どうする海?」
「置いてこうよ。重いし肩凝っちゃうよ」
「そうしようか」
そんな会話を背中越しでしているとふと橋本と目が合う。
その横では今にも歯ぎしりが聞こえてきそうなほど怒りに満ちた表情を浮かべる沢野がいた。
反省会が終わり教室を出ようと沢野の横を通った際に私は言ってやった。
「どうだった? 良かった?」
すると彼女は俯いたまま静かに
「……これで終わりだと思わないでもらっていいかなあ?」
酷く冷徹な言葉を放ったのだった。
「あんま調子乗んなよ? 青柳もなんか言ってやれよ」
「お、おう」
「おっと。ちょっと黙ってようか?」
今度は反町がこちらへと向かってくるのだが、咄嗟に海が私との間に入って抑止する。
「明日のも楽しみにしといて。私たちの演奏」
「……ちっ」
すぐにそんな苛立ちはクラスの空気の中に消えていき、私たちは揃って教室を後にした。
「あいつら相当いら立ってたね」
「うん。確実に効いてる」
彼らのあんな悔しそうな態度は見たことが無い。
実に滑稽。最高の瞬間だった。
「明日もこの調子で頑張ろう!」
「うん。海も今日はゆっくり休んでね」
秋の音色に合わせて二人で仲良く歌いながら、この慣れ親しんだ帰り道を惜しむように手を繋いで帰った。とても晴れた夜だった。
しかし――この喜びも長くは続かなかった。
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