第82話

 次の日の夕方、急遽学校には私の母親と、真人さん、真紀さんが呼び出された。

 海は病院に運ばれてから適切な治療を受け、大事には至らなかったが未だに意識は戻っていない。頭に強い衝撃を受けているらしく、病状の方も安心が許されない状況だ。

 そんなこともあって、私と海の親にはちゃんとした説明責任を果たす必要があると先生は言う。

 放課後、人気の少なくなった教室で私は親たちと対面していた。


「――とまあ、以上が昨日、星宮さんと水野さんの身に起こったことの詳細です」


 先生は終始私の隣で淡々と親たちに説明をしていた。

 その彼の目には気のせいか熱が籠っているように感じた。


「そうでしたか。丁寧な対応ありがとうございました」


 真人さんたちの反応は意外にも淡白だった。

 いや、当然、とも言うべきか。


「水野さんのお母様はなにか他に気になることはございますか?」


「そのー……金銭に関わることなんですが……お詫び金とかって入ってこないんですかね?」


 はぁー……なるほど私は一体何処まで落胆すれば良いのか。

 この期に及んでまで子供の安全よりもお金に目が行くのか。

 本当に信じられない。


「そうですね。学校側の手続きに従ってもらえれば、その辺の心配は無いと思います」


「良かったぁー。最近私、離婚したので助かりますぅー」


 そんな風に一息付くお母さんだがその目には寧ろ「ラッキー」の文字が見えている。

 この人には元父親のことを伝えていない。

 きっと、色々面倒なことになるからだ。


「では、特に今後のことで支障は無いということですか? 追加の必要な手続きとかも」


 今度は真紀さんが真顔で尋ねる。


「まあ特には無いですけど……星宮の容態に一番支障があると思うんですが……」


「あの子は……大丈夫です。ほっとけばまた元気になる」


「ほっとく……?」


「実はもう来週にはアメリカの方に引っ越すんです。手続きも既に済んでいます。あっちの最先端の医療技術で病気も治してもらって、大学もあっちで通ってもらうことにしたんです」


「え……っ⁉」


 思わず私は声が漏れる。

 海と……会えなくなる⁉ 

 そんなっ……あまりにも急すぎる!


「そ、それじゃあっ――」


「なるほどですね。ですが私からも言いたいことがあります」


 私は不安な気持ちを抑えきれず声を上げたが、隣の先生の声で遮られた。先生の目を見ると「任せて」と言っているように見えて、すぐに前のめりになっていた体を席にくっつけた。


「こっちで何年も治療してきたのに、アメリカに行ったからといってそう簡単に星宮の病気が治るとは私は思えません。星宮も星宮で苦しんでいる節があるはずです。それにせっかく彼女はこっちの高校生活に慣れたというのに、今行ってしまったら……」


「そこら辺はご安心を。あちらは九月からが始業ですので問題ありません。そしてアメリカは医療の質が日本とは大違いです。お金の規模だってそうです。海も喜んでアメリカに行くことでしょう。これですべて問題解決……みんな幸せです」


「違う……違うでしょう? 俺が言いたいのはそんなことじゃないんです! 俺が言いたいのは……もっと根本的で、一番大事なことで……なんであなたたち親は気が付かないですか⁉」


 バン!と机を強く叩いて立ち上がった先生は目の前の親たちを鋭く睨んで


「どうして本人たちの本心を蔑ろにするんですかっ⁉」


 そう怒鳴るように、まるで生徒を叱る先生のように、大人の親たちに叫んでいた。


「星宮に聞きましたか? ほんとにアメリカ行きたいって? 今は聞けないでしょうけどね、意識が戻って聞いてみて下さいよ! 彼女は絶対に『行きたくない』っていうはずだ! そんなの普段から彼女と接していたら分かるはずだ! 当たり前だ! なのになんであなたたちはいっつもこうして酷いことが出来るんですか⁉ 腐っても彼女の親でしょうっ⁉」


「先生、それはどういった意味で?」


「そのまんまの意味ですよ!」


 これまで静かに聞いていた真人さんが遂にその重い腰を上げたが、それさえも今の先生には戯言にしか聞こえなかったようだ。


「なんで一番彼女が苦しい時に傍にいてあげなかった? 面会も行かずに、優しい言葉の一つもかけずになにが親だ! なんでもっと彼女を大切しないんだ? お金で生徒を買うようなことをして、それで本当に星宮がクラスに溶け込めるようになるとでも思ったのか⁉」


 真人さんがあくまで笑顔で答える。


「お金は大事でしょう。実際、それで娘になにもしなくなった生徒だっていたはずですよ?」


「はぁー……」


 それを聞いて呆れたのか、先生はため息をついて「いいですか?」と語り掛ける。


「あなたたちは勘違いをしている。お金がこの世の全てじゃない。確かにお金があれば出来ることは大いに増える。好きなことが出来る。さぞ不自由ない生活になるでしょうね。

 でもね! お金で医療が買えても『健康』は買えない! お金で友達が買えても『友情』は買えない! お金で家が買えても『家庭』は買えない! お金で時計が買えても『時間』は買えない。つまりはそういうことなんですよ! 本当に必要なものはお金なんかで買えやしないんだ! なのにいつもあなた方はお金に物言って、星宮の気持ちなんか知ろうともせずに、なんでも解決しようとする! こんなことがあっていいんですかぁっ⁉」

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