第16話
どうして海を頼っちゃったのか分からない。
昨日はあんな彼女に怒っていたはずなのに、突き放したはずなのに、今は心から彼女を頼っている。
これから海とどうやって関わっていくかなんて分からない。
仲良くしていくか、出来るかなんて分からない。正直不安でしかない。まだ完全に彼女を信じ切れていない。
でも、ただ。
今の弱い私には海が必要だった。
彼女の手が離れると、私は自然と足の力が抜けてその場に座り込んでしまう。そしてそのまま、海があの陽キャ組の方へと向かうところがぼやけて見える。
私の目には、海の背中がいつもより大きく映った。
そして、海の前に出てきたのはあの青柳。余裕そうに汚くにやけている。
奇しくも五年前の再戦。ただやっぱり体格は全然違う。どう見たって海がやられる未来が見えた。
でも、違った。
青柳が「やっちゃっていいんだなぁ?」と、海を挑発するような言葉を投げかけたかと思うと、いきなり左腕を掲げて海に殴りかかる。
そんな不意打ちとも取れる動きに海は一切驚くことなく、綺麗にその拳を右手で受け流し、そのまま青柳の左肩を左腕で挟み、くるっと一回転。
青柳は無様にも地面に叩きつけられた。
「いったっ!」
「弱すぎないか? これでも本当に男?」
さぞかし青柳には屈辱的だったのだろう。
なんせ女子に投げられた挙句、冷徹な目で見降ろされるのは。
海の声はこの場の空気を凍らせるほど、強い怒りが籠っていた。
「くそっ! 調子乗んなよぉ! くそ女がぁー!」
「おー、怖い怖い」
重々しく立ち上がった青柳は再び海に殴りかかろうとするも、態勢はよれよれ。海はそんな攻撃をあっさりと顔をどけてかわし、代わりに思いっきりの拳パンチを青柳の腹に叩きこむ。
「……ンッ⁉」
どうやらみぞおちに入ったらしい。
声にもならない呻き声を挙げてその場に膝から崩れ落ちる。
すかさず海は倒れ込んだ青柳の前に立つ。
「おい、こんな程度で済むと思うなよ? これまでお前たちが月にしてきた傷の重みはこんなもんじゃねえんだよぉー! もっともっと! 深く傷ついてんだよぉっ!」
「うるさいお前には関係な――」
――バンッ!
青柳がその言葉を言い終わる前に、海は座っていた彼に馬乗りになって右頬を殴った。
「おまっ! こんなことしてゆるさ――」
――バンッ!
海の表情は変わらない。まるで機械のように今度は左頬を殴る。
――バンッ!
――ガンッ‼
「んぅっ⁉……」
右、左。
そして……急所をキック。
そこまでしてようやく青柳の口が塞がった。
勝った……青柳に……勝った。
「おい、お前ら」
青柳が殴られている間、他の奴らは一歩も動けていなかった。
それは海への恐怖だ。私が今まで抱いていた感情だ。
圧倒的な暴力の前に人は成す術も無くなるのだ。
「これで終わりだと思うなよ。次はお前らだ」
「……チッ」
これで余計に彼らとの因縁は深まってしまったかも知れない。
でもこうして「こっちもやれるんだぞ」と海が示してくれたことで少しは私へのいじめも落ち着くかもしれない。
そんな複雑な感情を抱いているのを他所に
「月、終わったよ。怖い思いさせてごめんね」
それさえも真っ青な空のように晴らすかのごとく、海がいつもの笑みを私に送ってきた。
今回は顔も髪も手も、鉄に染まっていなかった。
「ううん……その、あり、がと。でも……また、海に人を……」
「いいのいいの、そんなこと気にしないで~! それよりさ。約束通り私の家行こっ!」
「え、あ……う、うん」
教室はまだ騒然としていて、机や椅子が派手に散らかっている。
クラスのみんなも「どうしようか」とひそひそ小声で喋っている。青柳の意識はあるものの、まだ座ったまま。
反町が「青柳、なに負けてんだよぉ! 使えねーな!」と吐き捨てていた。
一方、相当大きくて鈍い音がしていたし、誰か先生が聞きつけて来てもおかしくない。この場に居合わせたら真っ先に問題になってしまう。
そうなる前に、私たちはせっせと逃げるような足取りで教室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます