第6話
「いきなり来たと思ったらなんだよその言い方! まるで道具扱いするなよ!」
咄嗟のところで、そう怒鳴ったのはもちろん私、ではなく星宮さんの方だった。
彼女の清くて白い目は、殺意とも見えるほどに赤く光っており、堂々と腕を組んで牙をむくその姿は、ライオンのような圧倒的な存在感をこの教室で放っていた。
「黙れ、海。私たちはお前のためにわざわざ大事な取引先との会合を遅らせて今こうしてここに来ているんだ。少しは感謝をしろ」
「感謝? 意味分かんないね。僕の人生上、君たちの存在がプラスに働いたことは一度も無いね。いっつも僕の自由を奪うばかりさ。ねえゴミ野郎?」
「黙れ犯罪者」
更に強い声色を自分の子供へと向けたところで真人さんは先生に「まあまあ」と弱く言いなだめられる。
そこでクラスの雰囲気を見渡した所で、少し落ち着きを取り戻したのか「おっほん。これは失敬」とわざとらしい咳払いをした。
「まあ兎に角、そういうことなのでこれから一年間、よろしくお願います」
もう一度、夫婦揃って頭を下げる。
さっきよりも深く、長い時間。
ここで、その様子をこれまでつまらなさそうに爪を研ぎながら見ていた陽キャ組のうちの一人の女子――
「はーい。質問がありまーす」
「どうしたんだね?」
「私―、海と仲良くなんて死んでも出来ませーん。普通にきつくて無理でーす」
話を聞いていなかったのかと、これには大半の生徒もおいおいと呆気に取られている。
これが沢野という人間なのだ。
なんの悪びれも無く人を傷つける、最低最悪の才能の持ち主。
「なるほど……」
「それにー。昔、私彼女に傷を負わされてるんですー。ただでさえ女の子の肌は命なのにー」
彼女が追い打ちをかけると今度は母親の――真紀さんが柔らかく口を開けた。
「それは大変失礼いたしました、沢野さん。確かに女性にとっては重要な問題ですわね。そういうことならば、その保障としてお詫び金をお支払いいたしますわ」
「……えっ、マジ?」
「はい。それで沢野さんの気が沈み、お肌のケアをして頂く一方で、海と仲良くして頂けるならいくらでもお支払いいたしますわ」
「なるほどねぇー……それなら努力してみまーす」
「ご理解が早くて助かりますわ。他にも、もし昔のことでご用件がありましたら何なりと申し付けますわ。この電話番号にかけてもらえましたら、真摯な対応をさせて頂きますわ」
「まじかよ」
「なら俺も過去にあるような⁉」
「えーどれくらいもらえるのかなー」
まさかの振舞にクラス一同驚きが隠せていない。
中には「仲良くしてやろうぜw」と悪い顔をしているような卑屈な輩も現れる始末だ。
前言撤回。
この親、かなりのクソだ。これじゃあ根本的な星宮さんへのクラスのみんなの敵意が晴らされていない。
みんなお金に目がくらんで良いように操られている。
「では、話はこれで以上です。失礼いたしました」
クラスに先の見えない穴を残したまま、二人は満足そうにこの場を去って行った。
その様子を無表情で見ていた先生は、持っていた出席簿をポンポンと叩いて、みんなの意識を教壇にいる自分に集める。
「じゃっ、以上で特別なお知らせは終わりだ。ホームルームも特にない。諸々の係決めは明日にまとめて行う。それでだな……星宮は水野の後ろの席に明日から座ってくれー」
先生は私の後ろの空いている机を指さしながら星宮さんに視線を移し、そう伝える。
「はーい!」
一方の彼女は先ほどまでのことなどなかったかのように、スキップしながら私の席までやってきた。
ミルキーなボブの髪からシトラスの香水の匂いがした。
「よろしくね、月! これから二人で忘れられない思い出をたくさん作ろうね!」
「あ、ええと……あ」
「あっ! 僕のことは海って気軽に呼んでいいからね! 僕も月って言うからさ!」
「あ、ああうん、海。よろしく……」
「えへへー。こうやって月と話せるなんてほんと、夢みたい」
彼女は楽しそうな鼻歌を歌いながら後ろの席に座った。
私の背筋は無意識のうちにピンと伸びる。
周りの人たちの視線が異様に痛かったのだ。
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