第7話
「ねーねー! 月は学校になにで来てるの? 自転車?」
ホームルーム後の大掃除を終え、下校時刻になった。
後ろから肩をポンポンと叩いてきたのは紛れもない海だった。
「あ、あー……うーん。いつもは自転車だけど……今日は歩き、かな」
「なんで?」
「昨日、自転車壊しちゃったから」
「……ふーん。じゃあこの後私の自転車に二人乗りして帰ろうよ! 月の家まで送るよー!」
彼女は自転車のハンドルを操作する真似をして、夏みたいに眩しく微笑む。
「ごめん……それは無理かな」
「えーなんでよ⁉」
「な、なんでって……」
正直言って、私は葛藤していた。
勿論、五年前に私を助けてくれた海が帰ってきてくれたのはすごい嬉しかった。
これでようやくこのつらい日々から抜け出せるかもしれない。海なら救ってくれるかもしれない、と。
でも一方で、これ以上の悪目立ちはしたくなかった。
いくら海が陽キャ組を圧倒したといってもそれは中一の時のこと。
高校生にもなった今、ガタイの良いあの青柳たちを今の海が真正面から対峙したとて、勝てるとは思えない。
これじゃあ海を巻き込むだけになってしまう。
だから……結局私はこれからも一人で戦っていくしかないのだ。
まさに孤軍奮闘。
目の前には救いの手があるのに、足元には大きな崖が広がっているのだ。
だから、私は海を遠ざけなければならない。
これ以上私に関わるな、と。
「……いくら五年ぶりとはいえ、助けてくれたとはいえ……展開が急すぎるという、か。そ、そもそもっ、私たち面と向かって話したこと無いし流石にちょっと……さ」
語気が荒まって早口になる。
「だから無理」
「……月、大丈夫? そう言って無理してない? 顔色悪いよ?」
相当キツくあしらったはずなのに、海はそんなのお構いなしに、優しく心配する目を向けてきた。
吸い込まれそうな優美な白い瞳に私の醜い姿が映っている。
「し、してないよ。そもそもなによ『無理してない?』って? そんなに私、変に見えるかな? もう私はなんにも困ってないし、普通に生活出来てるよ?」
嗚呼、ほんとに心が痛くなる。
嘘が毒となって私の体内を蝕んでいく。
「もういいかな? 私、この後用事あるから……」
居たたまれない気持ちになった私は足で椅子を強引にどかし、さっと立ち上がって荷物の整理をする。
その間、海は無言のままだった。
良かった、もうなにも言ってこない。
私は早くこの場から去ろうと、急いで準備をしていたのだが……
「あれ……ない」
「? どうしたの?」
「私の……財布……」
「財布? 財布が無くなったの?」
前の時間の大掃除の時までは確かにカバンの奥深くのポケットに入れていたはずなのに、いつの間にかポツンと空になっている。
「月、財布の中はいくら入ってたの?」
「……数万円くらい」
「大金じゃん! 急いで探さないと!」
「……そ、そう、なんだけど……い、いいよ、しなくて」
「それまたなんで⁉」
正直、犯人は分かっていた。
こんなことをする人間は……あいつらしかいないのだ。
私は気付かれないように横目でちらっと彼らの様子を伺ってみると、案の定手で口を押さえながらヒソヒソと笑っていた。
……クソっ!
なんで私が今日いつもより多くお金を持ってきてるって知ってるの⁉ おかしすぎる!
たまたまにしては出来過ぎてるよ!
そんなことを俯きながら自問自答していると
「誰の仕業?」
海がいきなりしゃがんできた。
そして私の顔を両手で優しく包み、自分の顔の目の前に持ってくる。
嗚呼、すごい温かい。
互いの鼻の先が触れ合ってしてしまいそうな距離間で、生温い息が口と口とを行き交う。
「……知らない」
「ほんとに?」
「……ほんと」
「怖がらなくていいんだよ。今の月には僕がいる」
彼女の顔はとても整っていた。
すべすべな頬、長いまつ毛、目の下の小さなほくろ、溶けてしまいそうな雪の瞳。
家の鏡に映る私なんかとは比べものにならない。
「もう一回聞くよ。誰の仕業?」
「……」
「……分かった。それが月の答えね。待ってて」
「え……ちょ、ちょっと⁉」
私の意志に反して、彼女は本能で動いていた。
「おい、お前ら! まだこんなしょうもないことやってんのか! 相変わらずゴミだなぁ‼」
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