第9話

「ひゅー! 気持ちいね月!」


「うん……」


「そういえば月、昔は楽器持って登校してなかったっけ?」


「えっ、あっ……してなかったよ、そんなこと」


「そっか。そうだったかー」


 海との二人乗りでの帰り道、私たちはそんなたわいもないことを話していた。

 極力、海とは話したくなかったので相槌を打つだけではあるが。


「月の家はこっち方面で本当に合ってる? 僕って方向音痴なんだよねー」


「うん……合ってる」


「高校三年生、春、田舎、帰り道、二人乗り……これこそ青春だねー!」


「……」


 もっと海には聞きたいことや言いたいことが沢山あった。

 例えば、なんでさっき助けてくれたの、とか、あいつらが怖くないの、とか。


 なんで一人称が僕なの、とか。


 そして、ありがとう、とか。


 でも、私の中に存在する矛盾する反動が体の深い所に沈み込んでいたので、この優しい気持ちを上手く自分では掬い上げられなかった。

 海は私の家を見たらなんて言うんだろうか? 

 いっそのこと「貧乏だね」とか言われた方が腑に落ちるかもしれない。

 自分は惨めであると決めつけられた方がよっぽど楽に生きられる。


 そんな諸々の複雑な心境を抱えて、刻々と自転車は私の家へと向かっていった。

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