第59話
「な、夏祭り?」
「うん。ほら、近くの神社で毎年やってるらしいよ! で、ちょうど来週の土曜日にやるらしいからさ、一緒に行こうよ!」
翌日、練習中に海の口から出た言葉は意外なものだった。
そんなものあったっけ……?
ここ数年の夏休みなんか毎日引きこもってたからなー。
人混みすごいだろうし、万が一あいつらと会ったら……って想像するだけで体が震えていた。
「別に……良いけど」
「やったー!」
両手を天井に伸ばして喜ぶ海。その満面の笑みはまるで花火のようだ。
「練習を早めに切り上げて浴衣着て行こうよ、折角なんだし!」
「ゆ、浴衣⁉ 恥ずかしいよ、それは……」
「え~⁉ 月の浴衣姿見たいー」
「第一、 私浴衣なんて持ってないよ……?」
「それなら安心して! 私、たくさん持ってるから」
あっさりと私は逃げ道を失い、コクンと頷くことしか出来なくなった。
「そう考えたらすごい楽しみになってきたよ! 月と浴衣デート……!」
「デ、デートって大袈裟な……」
でもよく考えたらこれはそうなのか?
カップルが出かけるのは全部デート?
なら今私たちは言わば「お家デート」をしていることになるのかな?
なんか不思議だなぁ。
「そうだっ! 浴衣着てプリクラ撮ろうよ! 月とプリクラ撮るのまだしたことないよね⁉ めっちゃ映えそうっ!」
「……うん。撮ろう!」
そう、私は優しく答えた。
この夏を一生忘れない、忘れられないものにするために。
※
「月ぃ~、早く早く! かき氷無くなっちゃうよ~!」
「氷は無限にあるから大丈夫でしょ~」
海と夏祭りに行こうという話をしてから早くも一週間が経った。
海と遊べるということを考えていたら、平日の勉強も苦じゃなかった。
「おじさん! ブルーハワイとメロン一つずつ下さいっ」
「はいよ、嬢ちゃん」
そんな私を置いて、いつの間にか海は私の分まで頼んでいる。
しかも味まで指定されてる。
「どっちがいい?」
「強制的に二択になってるじゃん」
「嫌だった?」
「嫌じゃないけどさー。私の好みを海に把握されちゃってて、なんかヤダ」
「彼氏なんだからそれくらい分かって当然さっ!」
「ふふっ、なにそれ」
互いに笑い合ったところで、メロンシロップがかかったかき氷を海の手から取った。そして一番シロップの濃い部分をしゃりっと掬い取って、こぼれないように一気に口に運ぶ。
「~っ⁉」
「あははっ! 口に入れ過ぎだよ月―」
頭を抱える私を横目に海がはにかんでくる。
うぅ……食べ過ぎた。あぁ……この痛みもおいしさも久しぶりだ。
「でも、おいしい……!」
「だよねだよね! 夏と言ったらこれ! 祭りと言ったらこれだよっ!」
自慢げにかき氷を宙に掲げる海はパクっとまた一口食べる。
青色に染まるブルーハワイは海にとても良く似合っていて、まさに「海」そのものだった。
「月のメロンも一口ちょうだい!」
「いいよー」
「あーんして」
「……たくさん人いるよ?」
「いいの、いいの。どうせみんな赤の他人でしょ?」
「それは……そうだけど」
「じゃああーんしてっ」
「……はい、あーん」
「うーん! メロンも美味しいねー」
「良かった」
「月も一口いる?」
「私は良いよ。遠慮せず」
「月の舌見せてよ!」
「べー」
「うわっ、すごい緑」
「当たり前でひょ? ヘロンなんらから。そーひうふみは?」
「あー」
「みろりとみるいろが混さってカオスひ……」
「えー⁉ もっとひょーれんのひかたあるれしょー? エメラルログリーン、ろか」
ここで、お互いずっと舌を出し合って話すシュールな状況に二人して吹き出してしまう。
「変だね、イヌみたい」
「うん。なにやってんだ、私たち」
チリーンと何処かの屋台から風鈴の鳴く声がした。
※
「こっちこっち!」
かき氷を食べた後も、射的、金魚すくい、くじなど祭りという祭りを堪能していた私たちであったが、祭りの〆はやっぱり……
「ここからなら花火が綺麗に見れるよ!」
「うわぁー……すごい良い眺め。なんでこんな隠れスポットを?」
「ふふーん。すごいでしょ僕!」
「うん。ほんとにすごいや……」
海が連れてきてくれたここは、祭り会場の近くにあるちょっとした丘上で、この町全体の眺めを手に入れられる場所だった。
もう太陽は空を月に任せ、町は暗がりに照らされているけれど、空には無数の星たちが我を我をと存在感を放っていた。
初めてこの町に電灯が少なくて良かった、田舎で良かったって思ったかも。
「さあ、もうすぐだよ……!」
お互いを温め合うかのように芝生の上に座って、静かにその時を待つ。
無言がこの場を流れていく。
聞こえるのは微かな祭りの余韻とそよそよと吹く風の音。
二人の呼吸、鼓動、存在を確かめるように、肩を預けて今という現在を密かに輝かせるものだった。
「……あっ、きたー!」
海が指さす方向に目を凝らすと、微かに煙の一線がのろのろと空へ立ち上っていき、遥か上空で消えて止まった、かと思うと……
――バーン
夜空に咲くのは炎の花。赤、黄色、オレンジ、緑、紺……
数えだしたらキリが無いほど無数に色鮮やかなその花は私の瞳に焼き付くように映った。
「きれい……」
思わずそう感嘆してしまう。
火花が次第に夜に消えていくのが悲しくなるくらい、私は心を奪われていた。
――バーン
また一つ、今度はさっきと違う色の花が咲いた。
もしかしたら無限色の花の蕾が夜空に開くのかなと想像が膨らんでいく。
まるで屋台の綿あめみたいに。
「月……花火、ほんとに綺麗だね」
隣から聞こえてきた海の声は火花が散る音にかき消されそうなくらい、嘆息の混じった声だったけど、確かに私の耳に届いた。
「うん……綺麗だね」
私は海の横顔を見てそう呟いた。
本当に、美しい眺めだった。
「またいつか見に来ようね」
「うん。何回だって」
――バーン
最後の花火が名残惜しそうに咲いて、「また来年」と音を届けた。
※
夏祭りを終えてからの一週間は予想以上の時間の進みだった。
あっという間に平日は勉強で溶け、週末はライブに向けてひたすら練習した。
その成果か、最初はすれ違っていたお互いの音色も段々と肩を寄せ合うように重なっていき、気が付けば人前で発表出来るレベルまで到達していた。
初めてミスなくオリジナル曲を弾き終えられた時なんか、海と全力で抱き合った。嬉し涙が止まらなかった。
体育祭以来の喜びだった。
あれ以来、なかなか良い事が起きていなかったので久しぶりの満足感。
私たちはお互いを褒め合うことでそれを補った。
ただ、海の病状は……火を見るより明らかだった。
でもだからと言って私にはどうすることも出来ない。
私は医者じゃない。
文系だ。
ここで初めて自分が理系にならなかったことを酷く後悔した。
もしかしたら自分が海を助けられるんじゃないかって……
だから私にせめて出来ることは、記憶のある今のうちに最高の文化祭の思い出を一緒に作ること。
私はいつしかそんな文化祭が待ち遠しくなっていた。
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