第56話

「うるさいな! もう僕は決めたんだ! いちいち大人が子供に指図するなよ! 黙って働いとけよ。それが唯一の取り柄だろ⁉」


 海も随分とエッジの効いた返答をする。


「お前には賢い大学に行ってもらわないと困るんだ。これは運命なんだ」


「運命? 随分とロマンチックなことを言うんだね? 中二病?」


「はぁー……まあいい。このことは真紀にも話す。あんまり調子に乗るなよ? 俺たちがなにもしないと思っていたら大間違いだ」


「勝手にすればー」


 もう時間が無いのか、真人さんは時計に目をやると急いで荷物と共に病室を後にした。


「ごめんねー月。めんどくさい瞬間に立ち会わせて」


「私は全然……海は?」


「この病室じゃあ、毎回あんな会話してるから気にしないでよ」


 やれやれと言った感じで両手を広げる海の姿に少し私はホッとした。


「あっ、そろそろまた検査の時間だから。ほんとに今週はいきなりごめんね。来週はその分、頑張っちゃうから!」


「うん……海も体調に気を付けてね」


「ありがとう、月!」


 こうして病室を後にした私は、一刻も早く海の病状が改善されることを祈った。

 しかし、次の週もあの家に海の姿は無かった。週の真ん中くらいに海からラインが来たのだ。



「「ごめんね、月。なかなかここから出してもらえる許可が出なくてね」」


「「病気、そんなにひどいの……?」」


「「……まあね。少しずつ進んでるらしい。ここ最近は特に」」


「「そんな……」」


「「でも安心して! ちゃんとノートに取ってあるギターの弾き方、毎日確認してイメージトレーニングしてるから! 頭の中じゃ、もう完璧に弾けるんだよ!」」


「「……それは良かった。ほんとに大事にね、海」」


「「……もう少しだけ待ってて」」



 そんな感じで今週も海と一緒に弾くことが出来なくなった。

 私は憂鬱な平日を過ごしていたわけだが、それに追い打ちをかけるようにして模試の結果が帰ってきた。しかもそれを……


「なにこの結果⁉ 信じられないんだけどっ⁉」


 一番見られたくない人に見られてしまったのだ。

 私の馬鹿! 

 リビングにほんの少しカバンを置いたのが間違いだった。


「み、見ないでよっ!」


 本当は目を向けたくない現実に引き戻して欲しくなかった私は、急いで彼女の手からそれを奪い取った。


「月ね、分かってる? そのお金も出してるの私なのよ? たった一回の模試だけで八千円近くが消えていくのよ⁉ もうちょっとマシな結果取りなさいよっ!」


「……」


 あんたに言われたくない! 

 そう言えたらどれほど良かっただろうか。しかし今の私には正論すぎてぐうの音も出なかった。無性に苛立ちを覚えた。


「うるさいっ! なんも知らないくせにぃっ‼」


 そう吐き捨てて自分の部屋へと駆け込んでいった。


 ――ガチャ


 部屋の鍵を閉めて一呼吸置く。

 何気に初めてお母さんにあんな態度を取ったかもしれない。

 次会った時はなんて罵られるんだろうと思う一方、反抗に対してちょっとワクワクしていた。


「判定 E」


 見たくもない文字が刻まれた紙をぐちゃぐちゃにしてゴミ箱へ投げ捨てた。


 何故だか、なんだか気持ちがふわりと軽くなった。今日はもう寝ちゃおうかな。

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