第5章 憎悪に身を焦がす破壊者

第57話 池上茂の父 視点

「これ本当に美味しいわぁ。さすがあなたが選んだ店ね」


「だろ? さぁ、茂もどんどん食べなさい」


「ああ」


 特生対上層部の1人、池上宗吾そうごは妻と息子の茂と共にレストランに来ていた。

 このレストランは東京の中で一番値段が張る場所で、なおかつ一般人には到底ありつけない高級な料理を提供してくれる。


 こういうところに来れるのも、ひとえに宗吾が特生対上層部だから。


 宗吾には上層部として、市民を怪獣から守る義務がある。

 そしてその市民を守った対価として、こうした贅沢をするのは当然の事。そう彼は思っている。


 もちろん口に出したら炎上待ったなしなので、そういうのは心の中にしまっている。

 今は家族と共に食事を楽しむのが、何よりも重要な事だ。


「ふぅ、ごちそうさま。それで私ちょっと」


「ああ、行ってらっしゃい」


 妻が化粧室へと向かう。

 これで残ったのは宗吾自身と息子の茂だけ。


 宗吾はこれを機に、茂と学校の事を話そうと思った。

 こういう息子とのコミュニケーションは忘れずにやっているつもりだ。


「ところでどうだ、学校の方は?」


「普通だね。特に悪くないって感じだよ」


 息子の茂は肉を切り分けながら答えた。


 茂は成績優秀で、池上家におけるホープだ。

 彼が大学を卒業したら特生対科学班に入りたいというので、宗吾としては可能な限りバックアップを行う事にしている。


 その際、茂を親の七光りだとか言う輩は出てくるだろうが、茂ならそういうのを無視してくれると信じていた。

 もっともそういう連中には圧力をかけて黙らせようと、宗吾は思っているが。


「俺としては、早く卒業して父さんの手伝いをしたいって思っているよ。色んな怪獣を倒してきた特生対に入るのが夢だったからさ」


「昔から言っていたからな。ぜひとも期待しているぞ、未来の科学班」


 そうニッコリ微笑んだ宗吾だが、同時にチクリと突き刺さった思いをした。


 特生対が怪獣を倒しているのは間違いではない。

 ただその中で特に強力な個体は、≪怪獣殺し≫が掃討しているのだ。


 宗吾にとっては煮ても焼いても食えないクソガキ。


 最初、その≪怪獣殺し≫に怪獣掃討をやらせるという案には反対したものの、徐々に戦果を上げていく彼に興味が出てきた。


 聞けば妹も同じような能力を持っているというので、彼女も戦場に出そうと思っていた。

 そして海底油田を襲うクラーケン戦時に、その話を≪怪獣殺し≫にしたのである。


 しかしそれを聞いた≪怪獣殺し≫が、聞くだけで殺すのではと思いたくなるような声音で突っぱねたのだ。

 おかげで年下のガキに恐怖するという恥をかいてしまったのである。


(あの時は恐怖を抱いたが、今になってはイラつくよ。何がこちらにも考えがありますだ、ガキめが……)


 食事中でも彼の憤りが収まらなかった。

 だがこちらからは圧力すらかけられない。


≪怪獣殺し≫を失うという事は、怪獣による日本経済損失に直結する。

 何かしたら上層部の宗吾でさえ責任は免れないのだ。


「……ところでお前に限ってないと思っているが、いじめられているというのはないか?」


≪怪獣殺し≫の事を思い出すと苛立ちが増すだけなので、息子にたわいもない話題を振る事にした。


「そんな事ないよ。……まぁただ、あるクラスメイトが五十嵐って奴に怒鳴られているの見たんだけど」


「クラスメイト?」


「大都一樹って言ってさ、クラスの中で一番地味な奴なんだよ。ソイツが昇降口の物陰で袋にされてたのは、つまりそういう事なんだろうね。ソイツが俺に助けを求めるように向いてきたんだけど、俺の方は助けるのが面倒になってそのまま帰ったよ」

 

「…………」


「……あれ、父さん?」


「い、いや……何でもない。そうか、そういう事があったんだな……」


 硬直した宗吾に首をかしげつつも、肉を一口する茂。

 

 実際は何でもなくない。


 大都一樹という名前。それが≪怪獣殺し≫の本名だと、独自に調べた事があるのだ。

 息子のクラスメイトであるという事も把握済み。


 問題は、息子が≪怪獣殺し≫に対して見捨てるような行動をとった事だ。

 もしそれで彼がクレームとか言ってきたら……?


「というか五十嵐も五十嵐だよ。アイツ、防衛班の資格もないのにイキってさ。頭おかしいというか……」


(……これは……謝った方がいいか? いや、子供同士のゴタゴタに大人が関わるのもどうかと思うが……でもそれで何か責任を問われたら……)


「……本当にどうしたの父さん? なんか様子が変だよ?」


「い、いやいや大丈夫だよ! 少し歯の間に食べカスが入ってな!」


「そう? ならいいけど」


(どうする……やはり謝罪をするべきか……!? どうすればいい……!?)


 息子に言われて首を振ったものの、宗吾は責任を問われる事への不安をぬぐい切れなかった。


 実際は≪怪獣殺し≫がその事を全く気にしていなくて、さらに責任を問われる事もないのだが、以前に凄みを効かされた宗吾には全く考えもしなかった。



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 ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 第5章開始です。

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