第37話 怪獣殺しの妹

 追跡してみると、教祖達が地下に続く階段を降りていくのが見えた。

 

 近付いて中を覗いてみれば、かなり薄暗い。

 先が見えないくらいだ。


「兄さん」


「うん、多分この奥に怪獣がいるはず。……たった今、地下に繋がる階段を発見。先へと進む」


 インカムで状況報告してから階段を降りた。

 もちろん僕達の後ろにはワイバーン達がくっついている。


 足元が暗いので踏み外してしまう恐れがある。

 僕はそっと絵麻の手を握りつつ、手元に少量の劫火を出して明かり代わりにした。


「気を付けてね」


「う、うん……」


 絵麻の手汗すごいな。

 初めての戦いで緊張しているのかも。ちゃんと僕がリードしないと。


 やっと地下に降りると、そこには大きな洞窟が続いていた。

 まさか今の東京にこんなものがあるなんて……。


 いや、もしかしたら怪獣が掘ったのかもしれない。

 怪獣ならばこうした洞窟を作るなんて造作もないはず。


 臆することなく先に進んでいくと、ドーム状に形成された広場が見えてきた。

 周りには後付けのライトが設置されているので、全貌がいくらか把握しやすい。


 だからこそ森塚さんを人質にしている教祖と、その背後に鎮座する巨大な影を確認できた。


「カルトが崇める神らしきものを発見。写真を送るので解析してもらいたい」


 ――ギギギギ……。


 赤く光る無数の複眼に、まるで花弁のように四方八方に開いた鋭い牙の顎。

 前方にうねった頭部の2本角、6本脚を持った蜘蛛のような胴体。


 妖怪で有名な『牛鬼』に似たような見た目で、大きさは家2つ分くらい。

 怪獣にしては小さい方だ。


 絵麻がすかさずスマホで写真を撮って、それを雨宮さんへと送信する。

 早く片付けるつもりだけど、一応データは送っておかないと。


「この冒涜者めが!! 神の前でなんたる愚行! なんたる無礼!! 貴様らには人間の血が通っていないのか!? 神を目の当たりにして何も感じないのか!?」


「……兄さん、ツッコんだ方がいい?」


「気持ちは分かるけど落ち着いて」


 怪獣を匿っている人間の頭なんてたかが知れているし、まとも取り合わない方がいいに決まっている。


 問題は気絶している森塚さんだ。

 教祖は彼女を抱えたまま、その首元にナイフを突き立ていた。


「動くなよ……この女は神にとっての最高級の捧げ物なのだ、失う訳にはいかない。その場から動いたら脳みそに突き刺すからな!!」


「……分かった」


 そう返事した僕は軽く手を振った。


「――グオオ!!?」


 瞬間、教祖は右へと飛ばされ土壁に埋もれる。

 これも≪龍神の力場≫の応用だ。


 森塚さんは絵麻のワイバーンが捕まえて、洞窟の外へと下がらせてくれる。

 

 救出成功。

 あとはこの怪獣を殺すだけだ。


「ぐうう……神よ!! どうかこの悪しき者達を殺して下さい!! 我々を救って下さい!!」


 倒れた教祖が叫ぶと、怪獣が重い腰を上げるように僕達へとにじり寄った。


「神は優しき方だ! 我々の為に貴様らを排除して下さる!! 貴様らのように血も涙もないクズとは全く違うのだ!!」


「言っている事が無茶苦茶なんだけど、ソイツが優しいなんてないよ」


「はっ?」


 まくし立てる教祖に対して、絵麻が静かに言い返した。


「ソイツは人間を餌にしているんだけど、同時に『自分が暴れたら人間に殺される』って理解もしているんだよ。だから効率よく餌を集められるよう、あなたを利用した。優しいどころか、あなたを単なる働きアリとしか思ってないよ」


 絵麻は怪獣の目的を読み取ったらしい。

 前のカルキノスの件と同じようなものだ。


「私達を殺したら次はあなたになるみたいだし、ほんと哀れだね」


「……しょ、証拠でもあるのか!? 大体お前みたいな奴に、神のお考えなど理解できるはずがない!!」


「証拠なんて出せないよ。信じなくてもいいし」


「ならばそれは嘘偽りだな!! 神がそんな事を考えているはずがない!! 神は偉大なのだ!!」


 救いようがないとはこの事か。

 もしこの場で神が死んだら、一体どんな顔をするのやら。


 ――ギイイイイイイイイイイ!!


 怪獣が図体から想像付かないジャンプをした。

 僕達を叩き潰そうと迫り来る。


 僕はすかざす絵麻を抱きかかえ、怪獣の潰し攻撃から逃れた。

 ワイバーン達も翼をはためかせて回避している。


「に、兄さん……大胆……」


「ん?」


『大都さん。送信された写真から、あるデータが照合されました』


 その時にインカムから雨宮さんの声がした。


『その怪獣は2010年代に出現した「ギュウキ」と同じ種と思われます。大怪獣と呼ぶほどではありませんが、それでも一個小隊を壊滅させる程の強い瘴気を操り、さらに人間に幻覚や高揚感を与えるフェロモンガスを出す事も確認されています』


「そのフェロモンで教祖達を操っていたんだね。しかも瘴気まで持っているなんて」


 僕が絵麻を降ろしたと同時に、ギュウキの口から糸が放たれた。

 糸の先端は槍状になっていて、人を串刺しにしそうな勢いだ。


 僕は絵麻とワイバーンを守るように巨大な障壁を形成させ、それらを受け止める。


「むっ……」


 自分の足元の地面が盛り上がっていった。


 よくよく見ると、ギュウキの1本の脚が地面に潜っている。

 つまり今来るのはおそらく伸ばした脚。


 顔をのけぞらせた瞬間、案の定鋭い脚が伸びてきた。


 もちろん当たらなければどうという事はない。

 寸前で空を切り、頭串刺しなんてならずに済んだ。


「……!」


 しかし脚が僕のヘルメットに引っかかり、外れてしまったのだ。


「兄さん!」


 いけない。


 森塚さんを外に出したとはいえ、これは失態だ。

 早くカタを付けないと。


「それが貴様の素顔か!! しかし残念!! 貴様らはすぐに死に絶える!!」


 その時、伸びてきた脚から緑色のガスが噴出する。


 今ドーム状の障壁を張っているので、すぐにガスが充満していった。


「ハハハハハ!! 人間を液体状にまで溶かす瘴気だ!! これで貴様らは終わった!! 神に逆らった罰が下っ……」


「≪龍神の獄槍ごくそう≫」


 ギュウキの足元に無数のエネルギー槍を形成させ、奴を串刺しにする。


 ――ギイイイイイイイイイイイ!!


 異形の頭部や丸々とした腹部から、緑色の体液が流れ出る。

 金切り音に似た悲鳴を上げながら、ソイツがピクピク痙攣し始めた。


「なっ!? 何で!?」


 僕達は瘴気をまともに喰らっていたが無傷。

 ピンピンしている。


 障壁を解除すれば瘴気が拡散して、僕達の姿が露わになる。

 それを見た教祖が、おぞましいものを見るような目で後ずさった。


「何故だ!! 何で!! 何で!! 瘴気を喰らったのに何故!!」


 もちろん答える義務はないけどね。


 正解は≪龍神の加護≫という特殊能力のおかげ。

 効果は「怪獣関連の瘴気や能力を無効化にする」というもので、僕がよく張る障壁もその効果の1つだ。


 こう聞くと万能に思うだろうけど、あくまで怪獣関連『だけ』なので風邪も引くし熱も出す。

 まぁ、身体が頑丈なのであまり熱とか出した事ないけどね。


「兄さん、早くヘルメット被らないと!」


「ごめん。探してる間、ギュウキにトドメ刺してくれる?」


「うん。さぁあなた達、アイツを残さず食べて!」


 ――オオオオオン!!


 絵麻が3体の他に、追加として10体ほど召喚する。

 意気揚々と瀕死のギュウキに向かう、数十体のワイバーン達。


 しかし教祖が急に走り出し、ギュウキの顔近くへと立ち塞がった。


「やめろ!! 神に手を出すな!!」


「どいてよ、おじさん」


「神は偉大なんだ!! 神を殺したらどんな災いが……えっ?」


 背後に影が迫った事に気付いた彼が、おもむろに振り返った。


 その瞬間、教祖の上半身がギュウキによって喰われてしまう。 

 ジタバタともがく彼の両足。


「グウアアア!!? アガガアア!!」


 溢れ出る赤い鮮血。

 ギュウキは両足すら呑み込み、バリバリと骨を潰すような音を発した。


 そこにワイバーンの群れが群がり、鋭い牙でギュウキに喰らい付く。

 目玉、頬、角、脚、胴体。全てを喰らい付かれていき、肉片と体液が四散する。


 ――ギイアアア!! ギャアアアアアアアアア!!


 さっきまで教祖を喰らっていたギュウキが、今度はワイバーンに喰われていく。

 そんな皮肉な光景を、僕達はただ見つめるしかなかった。


「何でギュウキ、死ぬ前に教祖を喰ったんだろうね」


「単純におじさんが前に出たから、反射的に喰っちゃったらしいよ。道連れも兼ねていたけど」


「そうか」


 今まで女性を喰っていた怪獣は、最期まで食欲に飢えていたという事か。

 

 とりあえず怪獣退治はクリアだ。

 ワイバーンに喰われ続けるギュウキをよそに、僕は吹っ飛んだヘルメットを見つける事が出来た。


 バレないようにすぐ被ろうとした時、




「大都君……?」


 バッと振り向くと、森塚さんがこちらを唖然として見つめていた。

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